ペットをおくるとき

私が子供の頃から随分多くの動物をペットにしてきました。ニワトリ、小鳥、ウズラ、魚、犬、カメ、そしてヤギもいました。

ヤギはすでにおとなになった雄でしたが、一年弱飼育していたように思います。小学校から帰ると散歩に連れて田畑の近くに出ていましたが、散歩の途中でたくさんの糞をばらまくのに困った記憶があります。困った記憶はあるものの、糞を片付けた記憶はないので、そのままにしていたのでしょう。夏休みには絵日記にヤギの散歩について書いた記憶があります。理由は分かりませんが、一年もたたないうちにそのヤギは同じ村の中の別に家にもらわれていきました。今では理由も分かるような気がします。散歩で糞をばらまくのに近所から苦情が出たか、餌を食べるだけで何にも役に立たないために私のペットというだけではあまりにもコストがかかりすぎたのかもしれません。その後、何度かもらわれていった家に遊びに行ってヤギを相手に遊んだことを思い出します。

ペットを多数飼うことは、それだけペットとの別れも経験することです。ヤギとの別れはまだほほえましいものですが、他はすべて最後は死んでしまいました。事故で死んだこともあれば、病気で死んだこともあります。獣に襲われたこともあります。それだけ多くのペットの死を目にしてきたことになります。中でも犬の死はいつもつらいものでした。

先日、我が家の愛犬の一頭、リーズが死んでしまいました。15歳と4カ月生きたことになります。15年間以上私たち家族を癒してくれた後に訪れた死でした。

イングリッシュコッカースパニエルのリーズは生まれてまだ幼い時に我が家にやってきました。幼い娘二人の遊び相手にいいと思ったのですが、ある意味子供が3人になったようなものだったかもしれません。なんとかかわいらしい名前を付けようとする娘二人に対して、サッカーにちなんだ名前を付けようとした私が、イングランドの当時プレミアリーグでプレーしていたチーム名を思い出して提案した名前がリーズ(ユナイテッド)でした。音の良さから満場一致で受け入れられ、家族も私もハッピーでした。

それから15年間、一年半後にやってきたチェルシーと共に、我が家を和ませる存在でした。娘達の成長と共に犬の成長と老化を一緒に見てきました。家族の写真にもいつも犬たちが入ってきました。

犬を飼うと、生活にさまざまな制約も生じる反面、そうしたことが楽しみに一つでもあります。遊びに行く場所は、犬を連れていけるところで選んだこともよくあります。犬が老齢になってくると、あまり長時間家を空けることができない日もおおくなってきました。それも楽しい思い出になっています。


リーズの死は家族にとって悲しみではありますが、犬が私たちに与えてくれた多くのことに感謝することも忘れてはならないでしょう。小春日和の中でおそらく空に昇っていったであろうリーズに感謝の気持ちと共に冥福を祈りました。


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