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南から北へ ふもとから上へ

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 桜の季節も終わりになりました。遺伝研の構内は早咲きの熱海桜や河津桜に始まり、オオシマザクラ、染井吉野など次々と咲き、最後に各種の八重桜が咲いていきました。次々と咲く桜の花はずいぶん人々の目を楽しませてくれました。このように、桜の種類によって開花の時期が異なり、同じ構内でも時期をずらして花を咲かせていきます。 日本中で広く植えられている染井吉野は接ぎ木により増殖した遺伝的に同じクローンですが、日本列島の南から北へと時期をずらしながら開花していきます。いわゆる桜前線というものです。この時期には日本の地域によって気温が違うことを改めて感じさせてくれることになります。 この季節、桜の開花は北上するだけではありません。山の上へと昇ってもいくのです。三島は海からそれほど離れていませんが、少し足を延ばすと富士の山に行くことができます。裾野から上がっていくと4月の終わりでも富士山の中腹では桜が開花しています。マメザクラの群生です。小さな花をたくさんつけるマメザクラも桜の中で見ごたえのある桜といえるでしょう。 鳥たちも大きな変化を見せてくれます。冬鳥は北へとすでに旅立ちました。自宅に現れては水浴びをしていたジョウビタキもいつのまにか姿を見せなくなりました。それと入れ替わるように、冬を温暖な地で過ごした鳥たちが夏鳥としてやってきました。鳥たちも南から北上するだけではありません。麓から高山へと自分の好みの気温の場所を探して夏を過ごします。 富士の山も1000メートルを超えるあたりではオオルリが高らかに鳴き始めました。マメザクラの枝から枝へと飛び回る姿も見ることができます。少しまだ肌寒いこの場所が好きなのかな と思うのでした。

巣作りの季節

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 マウスの雌は数匹から十匹程度までの仔を一度に産みます。その後仔育てをしますが、仔育て上手な雌もいればそれほど上手でない雌もいます。マウスの場合、仔育ての上手でない場合はすぐに仔の死に結び付くので、非常に重要な行動であるといえます。 マウスの系統の中には、仔育ての上手な系統もいればあまり上手でない系統もいます。この子育ての上手・下手はある行動実験である程度分かります。それは、巣作り行動です。 綿を固めた素材が販売されているのですが、それを入れておくと巣作りの上手なマウスはうまく綿をほぐしてきれいな鉢のような巣を作り上げます。一方、巣作りの苦手な個体は、うまくほぐすことができず、巣も盛り上がった状態のものになりません。このような巣作りは、メスが「これから仔育てをするぞ」という気持ちにどれだけなっているか表しているのかもしれません。そういう意味でも、巣作りは研究対象としても興味深い行動です。 季節はすっかり春になりました。家の庭には鳥がよくやってきます。冬の間、水浴びやえさをついばみにやってきていた鳥たちが、春になるとだいぶ行動が変わってきます。もちろんえさを探している鳥もいるのですが、求愛の鳴きあいも増えてきました。家の外ではイソヒヨドリのさえずりがうるさいほどです。 先日庭の芝生にシジュウカラが下りていました。でも少し様子が変です。口に白いひげが生えているようです。 ヒゲのシジュウカラ よく見ると、なんだか白いものをくわえているのでした。その白いものは、つい一時間ほど前に、私が愛犬のモンを散歩に連れて行って戻ってからブラッシングをして抜けた毛を芝生の上に残していたものでした。そんな獣臭のするもので平気なの?と少し驚きましたが、シジュウカラはなんだかとてもうれしそうに見えて、やがて家の裏手の方に向かって飛んでいったのでした。おそらく巣材につかうのでしょう。犬の匂いはするかもしれませんが、冬の間モンを寒さから守ってきたアンダーコートです。きっと暖かい巣ができると思います。 つい数日前にはいつも庭の水場で水を飲んだり水浴びをしているイソヒヨドリの雌がなにか盛んに動き回っていました。よく見ると、その数日前に新しくゼラニウムを植えたハンギングバスケットからシュロの繊維をぬきとっているようです。バスケットの外側からむしり取るのではなく、土からはみ出している繊維を一本ずつ...

バーダーの観察

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 新型コロナが一年前から世界中の生活を変えてしまいました。 ちょうど昨年のガーナへの出張後に新型コロナの問題が報道され始め、2020年4月には1回目の緊急事態宣言が発出されて、巣ごもりやソーシャルディスタンスなどの言葉が身近なものとなっています。数年前から双眼鏡を買い替えるなど、鳥の観察を再開しているのですが、この新型コロナ禍の中で、家族で探鳥に行くことが増えました。 冬は寒くてつらいのですが、探鳥にはもってこいの季節です。落葉樹は葉を落としているため遠くの木まで見通すことができます。鳥が移動すれば見つけやすい季節です。また、食べ物も限られるため、鳥たちは一生懸命にえさを探しています。晴れた日には鳥が活動的なのです。 冬になりえさを盛んに探していた鳥たちが、2月に入ると少し様子が変わってきた気がします。心なしかメスとオスのコミュニケーションが増えてきているように思うのです。先日は、富士市の浮島沼でコガモのオスがぴゅーぴゅーと泣き始めました。メスは少し濁った声でジェージェーと返事をしています。オスは冬の間にすっかりきれいな羽の色に変わっています。厳しかった冬がようやく終わりつつあることが鳥を見ているとよくわかります。雄雌の活動が活発になってきているようです。 コガモのペア 今日は富士山麓の十里木で探鳥をしました。2羽のアカゲラが楽しそうにもつれ合いながら飛び回り、それでもえさを盛んについばんでいました。 アカゲラのペア 鳥たちの活動を見ていると、春がそこまで来ていることがよくわかります。今年の冬は少し厳しかったように思いますが、それでもしっかり春は来るのです。私たちの生活も早く元に戻るとよいと思います。

うみ

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ガーナでの仕事の合間に海に行きました。 Labadi Beach アクラから車で20分ほどでしょうか、少し行くとすぐに海に到着します。ラバディビーチというところで、海岸線は主にリゾートホテルが占めていますが、部分的に一般の人々が有料でビーチに入ることができます。今回、ガーナの海を見てみたいと共同研究者にお願いして週末に連れてきてもらったのです。  車から降りると磯の香りがします。その香りは伊豆の海岸とそれほど違いはありません。入場料を支払ってビーチに降りるとどこまでも続く海岸線が見えます。程よく立ち上がっては海岸線で砕け落ちる波があり、多くの人たちが波と戯れていますが不思議とサーフィンは見えません。泳いでいる人もいないのでもしかすると離岸流があるのかもしれません。  靴を脱いでさらに靴下も脱いではだしでビーチを歩きました。一面砂浜になり、細かな砂に波がかかりしっかりとしまったビーチを歩くととても気持ちよく感じました。  ビーチから海を見るとどこまでも何もありません。沖の方に漁師の船が見えるだけです。このガーナの南にはこの先南極まで何もないはずです。そう思うととても不思議な気がします。  日本は海に囲まれています。三島の近くには駿河湾や相模湾、さらにその先は広い太平洋があります。私が生まれ育った愛媛には九州との間に横たわる豊後水道やリアス式海岸、松山の沖の瀬戸内海があります。海はどこへ行っても同じ海ですし、同じような磯の香りがしますが、二つとして同じような海を見たことがありません。伊豆の先に横たわる太平洋とガーナの沖の大西洋もずいぶん異なる顔を見せています。どこも同じ海なのに同じ顔の海がない。なぜだかとても不思議な気がするのです。

ガーナで気候変動を思う

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アフリカの大型げっ歯類について共同研究を進めるためにガーナに来ています。 幸いにも科研費の支援を受けることができ、今後6年間共同研究を進めることになりました。この研究の話はまた後日報告させていただく機会があればと思っていますが、今回は気候のことについて触れたいと思います。 ガーナに来るのはこれで2回目です。前回は2018年の12月に来ており、今回は2020年の1月です。約1年ぶりになります。前回来た際にはハマタン(砂嵐)の始まりの季節だと聞いており、砂っぽいなあと思いながらも割と普通に過ごしていました。しかし、今回は空港から外に出たとたんにびっくりです。まるで街全体が黄色い濃霧かあるいは煙でおおわれているようで、少し前に風邪を引いたこともあり息を吸い込むといきなりせき込んでしまいました。実はこれが本当のハマタンのようです。 滞在二日目の今日はアクラから車で小一時間ほど移動した郊外の大学付属農場で実験を行いました。移動中は車の中にいますが、窓から見る景色は空気さえも黄色に見え太陽はかすんでまるで月のように肉眼で直視することができます。 車のラジオからはBBCニュースでオーストラリアで大規模な火災が続いていることを話しています。共同研究者のクリスに話を聞くと、ガーナでも地球温暖化の影響か、気候が不安定になり、あり得ない時期に大雨があったり乾燥したりと激しい天候になることが増えているそうです。日本も確実に気候が変わりつつあります。ガーナではとても極端な気候を見ることができるように思いますが、地球の悲鳴に目を向けないといけないと改めて思うのでした。

遺伝研のさくら

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さくらの季節になってきました。早咲きの河津桜などは美しいい花を咲かせ、すでに満開の時期を過ぎてしまいました。やがて染井吉野も開花を始める季節になります。このたび、『生物の科学 遺伝』という雑誌でサクラに関する特集「サクラ研究の新展開」を担当しました。大きな書店ではすでに販売されているでしょう。 遺伝研構内の河津桜(2019年2月) 私の研究をご存知の方は「ネズミの研究者がサクラの特集??」と不思議に思われるかもしれません。私も不思議です。これには深い理由があるのです。 遺伝研はたくさんのサクラの品種を有することで有名な研究所です。なんと約220種類、約500本の桜の木が構内にあります。これだけたくさんのサクラがあるのはなぜでしょう。 1949年の遺伝研設立後に、遺伝研構内に国内の有名なサクラの木が集められて植えられるようになりました。1952年に46種類、1960年代にはすでに200種類以上集められていたそうです。このようなサクラの収集に大きな貢献をされたのが染井吉野がエドヒガンとオオシマザクラの雑種であるということを発見された竹中要(たけなか よう)先生です。しかし、1966年に竹中先生が逝去されると、誰も研究に使うことがなくなってしまいまい、それから数十年もたつとサクラの維持や管理も難しい状況になってきたのです。 そこで、2015年に「 遺伝研さくらの会 」というボランティアグループを立ち上げて所内のサクラの維持や管理に貢献することになりました。その会のお世話を立ち上げの時からしている関係で、今回サクラに関する特集の担当をしてもらえないかというお話をいただいたのです。会のお世話をしているとは言っても私はサクラの専門家でもありませんし、それほど詳しくなったわけでもありません。特集の担当はさすがに荷が重いかなとは思いましたが、多くの方のご協力を頂き、今回なんとか無事に特集を出すことができました。今となっては、この特集を組むことをきっかけに、遺伝研のさくらの歴史を改めて知ることができましたし、その価値も再認識することができました。結果としてお引き受けしてよかったと思っています。 これから桜の季節になります。ぜひ「生物の科学 遺伝」を手に取ってサクラを楽しんでください。

うるさくて近い?

今年もウィンタースポーツの話題を耳にするようになりました。スピードスケートも行われていますが、やはりフィギュアスケートは人気があります。 女子のフィギュアスケートではロシアのメドベデワ選手があまりにもすばらしくていつも見るのを楽しみにしています。彼女の演技はスポーツというよりはまるで短いミュージカルでも観ているような、優れた芸術に触れているような感じがします。 メドベデワ選手の昨年のフリー演技のプログラムは"Extremely Loud & Incredibly Close"という曲でした。印象的なピアノの音といいとても良い音楽で、少し物悲しい旋律が心の中に強く残ります。彼女の演技は幸せそうに恋人を家から送り出すところで始まりますが、その曲の印象から見ている人に少し不安を抱かせます。そして最後は突然かかってきた電話を受けてその受話器を手から落とすところで突然演技が終わります。その最初と最後の彼女の表情は対極的で演技とも思えないような感動をもたらします。 演技の際のアナウンサーによる解説では、"Extremely Loud & Incredibly Close"は同名のタイトルの映画の中で使われた曲だということでしたが、私はその映画を観たことがないままメドベデワの演技を見ていました。 最近機会があり、映画を観ることができました。内容はメドベデワの演技で予想していたストーリーとは全く違ったものでした。そのことでも、メドベデワ自身とその振付師の演技の作り方に関心しました。おそらく局の印象から新たなストーリーを作ったのでしょう。 さて、映画はニューヨークの同時多発テロで父親を亡くした少年を中心にした物語でした。アスペルガー症候群を持つ少年が父親が亡くなったことで苦しみ続けるのですが、それでも父親に出されていた課題を解決するために自ら行動をするのです。 この時のアスペルガーの少年が持つ心の苦しみとそれを見守る母親と周囲の人たちの行動は、この映画のタイトルであらわされるように、重要な意味をもつものです。この映画をみると、アスペルガーや自閉症スペクトラム障害などを抱える子供たちの心が抱える問題の一端を表しているように思います。周囲の人も、この映画に出てくる人たちのように振舞えるといいのでしょうが、実際...