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ストレスとグルーミング

ここ三島市が数年前に全国的に話題になったことがあります。野生のサルが街中に出没し、人、特に老人や子供を中心に100人以上にかみついたりして襲ったのです。お年寄りや子供を狙って襲うというところがまた手の付けられないところです。

このサルは私の自宅の数件先のお宅でも出没し、そのお宅のご婦人が寝ていて朝気付いたら枕元にいたということですが、又聞きのため真偽のほどは定かではありません。このように町中大騒ぎになったあと、ようやく捕獲されて、さてそのサルをどうするかという話になりました。市民の意見なども聞き、さまざまな意見はもちろんありましたが殺処分はかわいそうという意見も多く、結局市の公園である「楽寿園」内の動物の檻に入れて飼育されることになりました。市が広く市民から名前を募集して「ラッキー」という名前がつけられて公開されたのですが、大騒ぎを引き起こしたサルだけに話題を呼び多くの人が連日ラッキーを見学に来るようになったようです。また、野生から狭い檻の中に入れられたこともラッキーにとっては大きな環境の変化となりました。これらがストレスになったのでしょう、やがて身体の一部に脱毛が見られるようになったようです。そうしてしばらくの間、ラッキーの檻はシートで覆われて非公開となるということがありました。

こうした飼育下の動物が脱毛することは、動物園などでしばしばみられます。狭く変化に欠ける動物園での飼育環境がストレスとなり、必要以上にグルーミングを繰り返すことにより脱毛していくのです。たとえばオウムなどで胸の羽がなくなっていたり、ネコ科の動物でもしつこくグルーミングすることによる脱毛がときに見られます。霊長類では、最初に紹介したラッキーのケースのように、ゴリラやチンパンジーなどさまざまな種でみられます。前回ご紹介したように、グルーミングは動物にとって生存していく上で重要な意味を持つ行動ですが、強いストレスを受けると同じ行動が今度は自分自身に問題を引き起こす要因になってしまうのです。

旭川市の旭山動物園で、動物そのものが持つ生態や行動の特徴を引き出すような環境を作り、そういう行動そのものを来園者に観察してもらう「行動展示」という試みを始めたところ、動物も生き生きとし始めて、来園者も大喜びするようになったということが知られています。その後、他の多くの動物園でもこのような行動展示のアイデアを…

進化を通して保存された身だしなみ

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マウスはよく身体のグルーミングをします。いわゆる毛づくろいという行動です。彼らは起きていれば、前足をなめながら、頻繁に顔の毛を手入れし、さらに後頭部、特徴的な大きな耳、手の届きにくい背中からおなかの毛というふうに汚れをとっていき、最後にしっぽをきれいに口で整えると出来上がりです。



こうしたグルーミングをすることで毛についた汚れを取ると同時に、毛に分泌物をつけてはっ水をよくしてきれいなつやのある状態を保ちます。実はマウスだけでなくあらゆる動物がグルーミングをします。たとえば顔を洗うと称されるようにネコが顔を前足でこすったり、イヌがしばしば身体をなめたりしています。また、鳥も枝に止まったまま羽をくちばしで細かく手入れしている姿がよくみられます。昆虫のハエでさえ手の掃除に始まり、体や羽の手入れを頻繁に行ないます。私たち人はどうでしょう?髪の毛をしばしば気にしたり、顔や髪の毛をなでつけたり、身体に汚れがつくとしつこくきれいにしたりします。動物はみな汚れることが嫌いでいつもきれいにしていたいものなのです。

動物にとって身体につく汚れは感染症などにかかるリスクを高めることにつながります。そのため、いつも手入れをして身体を清潔に保つことは病気から身を守るために重要なことなのです。また、毛や羽のはっ水処理を行うグルーミングは、雨で毛の表面が濡れた際にも中まで水が浸み込むことを防いだり、羽が水分を吸収することでその重みのために飛翔ができなくなることを防いだりするために必須なのです。当然毛の中まで濡れた動物は体温を失い生死にかかわりますし、羽に雨が浸み込んだ鳥や昆虫は飛ぶことができず濡れた地面に落ちてしまうでしょう。つまり、彼らはグルーミングを生きるために行っているのです。

また、動物はその外見も気にするそうです。大きく健康そうな動物は繁殖のための相手を見つける際に圧倒的に有利です。逆にいうと、汚れてみすぼらしい個体は、病気になりやすかったり餌を確保する能力に欠けていることを暗示するために繁殖相手としては避けられてしまうのです。そのため、繁殖期の動物は特に見栄えを良くするように気をつけるようになります。

人では、あまり近代文明に触れたことのない地域の原住民でさえも、そこで手に入るものを利用してそれなりにきれいに身を飾っています。また、遊び盛りの小さな子供は別でしょうが、ある程度大人に…

血液型性格占いをそろそろ卒業しては?

行動遺伝学を研究していると、「人の性格や行動が親から子へと遺伝するかどうか」ということが問題になります。このことは、そのうち機会があればここでも触れてみたいと思いますが、今回は少し違った視点での話題です。

それは血液型による性格占いです。血液型はABO式血液型の遺伝子により決定していて、子供の血液型は親から受け継ぐ対立遺伝子の組み合わせできまります。つまり、対立遺伝子型のO/Oは血液型のO型、A/A, A/OはA型、B/B, B/OはB型、A/BはAB型などです。複雑な組み合わせはありえますが、両親ともにA型の親から生まれた子供がA型になる確率はそれなりに高く、これによる血液型と性格とがかなり強い関係があれば、親から子へと性格が遺伝する顕著な例になるでしょう。

しかし、この血液型と性格との関連は科学的に繰り返し否定され続けています。信頼のおけるどのような研究からもこの血液型と性格との関連は示されていませんし、性格に関わる遺伝子座の解析でこの血液型決定遺伝子座が検出されたことはありません。それにも関わらず日本においてはこの血液型性格占いが姿を消しません。マスコミなどでは不十分なサンプル数でもっともらしく関連を示したりすることも多くあり、疑似科学とも非難されているようです。欧米ではこの血液型占いは全くみられないそうなので(確かに、イギリスに留学中、この血液型と性格との関連を話題にした記憶がありません)、日本や一部のアジアの地域に限定された占いのようです。この血液型性格占いは私たちの日常で広くみられます。テレビの番組でも頻繁に取り上げられていたり、バラエティーで話題になったりしているようですし、インターネットでも血液型占いなどの検索でひっかかるサイトは数多くあります。そのせいか、人々の日常の話題の中でも頻繁に出てきます。

あるとき、飼い犬の関係で知り合った人たちと一緒にキャンプをしました。それまであまり面識もなかったので、初対面に近いメンバーです。私も含めた男3人がバーベキューで焼くものを網の上に並べていました。一人がたくさんの手羽先を網の上に並べていましたが、そのうち困ったようなそぶりを見せました。見ると、網の上に右手羽ばかりをきれいに並べていたのですが、それがなくなり左手羽になってしまったのです。困ったそぶりは、途中で手羽がきれいに並ばなくなってしまったからでした。…

カワセミの鮮明な朝の残像を思いだして

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私が仕事をしている研究所があるのは静岡県の三島市になりますが、ここの市の鳥はカワセミです。この鳥が市のシンボルになっているのは、市内に富士山からの地下水がわき出る湧水が多くあり、それらが流れる川のところでカワセミが多くみられるからでしょう。JR三島駅前にある楽寿園の中にある小浜池にも本来は湧水が豊富にあふれていたのですが、近年では富士山の中腹で工場などによる地下水のくみ上げが多いらしく、その水量が減少しています。そのため、小浜池に水が溜まることは少なく、まるで枯山水を楽しむような状態が続いています。それでも、あの水はどこからくるのでしょうか、小浜池に隣接する池には水が溜まり、そこには鯉も泳いだりしています。この池もカワセミの名所で、鳥好きの人ならよくカワセミを見に来る場所です。

今年の夏ころだったでしょうか、通勤の際にいつものように自転車で田園の中の道を通っていました。そこは、舗装された農道が田んぼの中を緩やかに大きくS字状にカーブし、道路のすぐ脇を水量の豊富な用水路が流れていて、自転車で走って気持ちの良い道路です。



適度なスピードで走っていると少し先の水路脇のコンクリートの上にカワセミが止まっているのが見えました。明るい朝の澄んだ光に照らされて、背景のコンクリートの白い色と対照的でまるで宝石が光っているように見えました。さらに自転車で減速することなく近づくと、そのカワセミはさすがにあわてて飛び立ちました。ところが、飛んだ方向が私にとっては幸運で、彼あるいは彼女にとっては少し不運だったのでしょう、自転車と同じ方向に水路に沿って飛んでしまいました。飛んでいる際に、かなり自転車で接近したので、カワセミの飛翔する背中を近くで見ることができました。もちろんカワセミの方が早いので、やがて離れてしまい、少し離れた先の水路脇に再び止まりました。しかし、すぐにまた私の自転車が接近するので、休む間もなく再び飛び立ちました。でもまた水路に沿って飛んでいくのです。慣れ親しんだ水路から離れたくないのかもしれません。幸運にも再度カワセミの背中を近くで拝むことができました。ほんの数秒でしょうか、自転車と同方向に飛んだあと、おそらくようやく自分が逃げる方向を間違えていることに気付いたのでしょう、急に直角に方向を変えて田んぼの中へと飛んでいってしまいました。突然夢から覚めたように、私の前にはいつ…

山々を早く歩くこと

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研究施設でマウスを飼育しているそのケージはたかだかヨコ22センチ、タテ32センチ程度の大きさで、マウスにとってはそこがすべてです。そのためあまり活動できないように思うかもしれませんが、実際にはそれでもかなり動き回っています。夜行性のマウスは昼間はほとんど休んでいて夜になると盛んに活動するようになります。そこで何をするかはさまざまですが、おおよそ床を走り回ったり、ケージのふたにぶら下がって動き回ったりしています。ほとんどが目的のない行動にも見えて、まるでエネルギーを消費することのためだけに動いているように思えます。

私の特技は山を早く歩くことです。どれぐらい早いかというとかなり早いようです。以前外国から研究者が来た際に箱根の山歩きに案内しました。彼はアフリカのキリマンジャロに登ったことがあると聞いていたので、日本の山の良さも味わってもらおうと思ったのです。その際に研究室のメンバーも山歩きに同行しました。さすがにキリマンジャロの経験もある彼は平気だったのですが、話しながら尾根を歩き続けているうちに彼が言いました。
「僕は平気だけどね、後ろも見た方がいいよ」
後ろをみると、そこには遅れてついてきていたラボメンバーの刺すような視線がありました。

山歩きも、目的のはっきりしない、なぜ歩くのか説明のしにくい行動です。それがいいところなのでしょう。

16年ほど前になりますが、留学中に夏の休暇をとり、スイスのツェルマット(Zermatt)というところで10日間ほど滞在して山歩きだけを毎日繰り返したことがあります。あのマッターホルンのふもとの村です。小さな村ですが夏場は観光客がたくさん訪れて、大変にぎわっています。そうした観光客が宿泊するための落ち着いたホテルもたくさんあります。スイスは物価が高いのでホテルに宿泊するとけっこうな値段になるでしょうが、私の場合は民家の部屋を借りて比較的安く過ごすことができました。村内は自動車の乗り入れが禁止されていて、かわりに電気自動車や馬車が走っているだけなので、空気もとてもきれいですし、家々の窓にはゼラニウムなどの花が咲き乱れておりとても美しい過ごしやすい村です。

そのツェルマットは高度1600メートルほどのところにあり、村の周囲は4000メートルを超える山々に囲まれています。さすがに山を観光資源にしているだけあってそうした峰々を目指すハイキング…

夢を求めてサハラの旅へ

先日、ブラジルの小説家パウロ・コエーリョの書いた「アルケミスト」という小説を読みました。アルケミストというのは錬金術師という意味です。

私の読んだこの本は文庫本ですが、もうずいぶん前に誰かが研究室に残していったものです。今の研究室の建物にに引っ越す前になりますからおよそ10年ほど前になりそうです。捨てるには惜しいと思い、私の本に紛れて保管したまま読みもせずに何年も積んでありました。先日出張の際に読む本に困って、これを持って行って読んだのですが、これがなかなか面白い本でした。

外の世界を見たいという願いをかなえるために農夫の父親に頼んで羊飼いになった少年は、何年も羊とともに旅をして暮らし、アンダルシアの土地のことの多くを学びました。あるとき少年は、夢をみます。エジプトのピラミッドへ行けば宝物が手に入るというのです。少年はジプシーの老女とセイラムの王様に予言を受けて羊を手放し、ジブラルタルを渡りモロッコのタンジェに行きます。道は分からないものの、そこからサハラを横切りエジプトまで行こうと考えたのです。そのタンジェで人に騙されて全財産を亡くした少年は、クリスタルの器の店で働き、知恵を使いながら良い仕事をしてお金を貯めます。そしてスペインに帰るか苦悩したあとでサハラを渡る決心をします。そうして夢を実現するための苦難のサハラの旅が始まるのです。

ストーリーはこの後はあえて書きませんが、夢と旅の物語です。小説を通して語られる言葉は非常に重みがあり、深く考えさせられます。

私が強くひきつけられたのは、以前にこのブログで触れたように、私もスペインからジブラルタルを船で渡ってタンジェに着き、そこからサハラを目指した経験があるからかもしれません。正確には、私の場合はタンジェからサハラを目指したのではなく、なんとなくそこで知り合った人たちとフェズまで旅をして、そこからサハラへ一人で行くことを思い立ったという点が少し違うのですが。

小説の中では、サハラを旅していく中で、砂漠の民との間で大変恐ろしい思いも味わうことになります。モロッコからエジプトまでのサハラの旅はとてつもなく長い道のりになります。とても実現できそうにない気の遠くなりそうな旅です。なにしろ地中海を縦断するのと同じ距離になるのですから。小説を読みながら、以前ブログでも紹介したミントティーをふるまってくれた少年が「このサハラの先…

坊っちゃん

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今朝(2012年9月16日)の朝日新聞の天声人語で夏目漱石の「坊っちゃん」の一文が紹介されていました。漱石の小説を読むといつもその文章の巧みさに感心するのですが、ここでもやはり光るものがあります。四国の松山に教師として赴任してきた彼が、ある日宿直の部屋が西日で暑いことに対して「田舎だけあって秋がきても、気長に暑いもんだ」というのです。天声人語は、この文章を残暑や自然災害への備えに続けるための導入に用いているのですが、今回は「坊っちゃん」自身について少し考えてみました。

数年前になりますが、やはり朝日新聞で丸山才一氏が[袖のボタン「坊っちゃん」100年]というコラムを書いていました。その中で「松山の人はこうまで坊ちゃんに馬鹿にされていったいどうしてここまで寛大なのか?」ということを述べられていました。私は出身が愛媛の田舎町ですし、松山にも住んだことがあるので、どちらかというとと言われる当事者に近いかもしれません。これと同じような疑問は耳にしたこともありますし、松山に住んでいる際に話題になったこともあります。

「坊っちゃん」を読んでみると、なるほどひどい言われようなのですが、松山に縁のある人間でも不思議と腹が立たないでしょう。これはなぜなのでしょうか?



坊っちゃんは小説の中で、父と兄に嫌われ母親にも死ぬ直前に愛想をつかされるほどの滅茶苦茶な人物像を自身で語っています。そのような世間知らずの言動が特に改善される事も無く教師の職を得て松山にやってくることになるのです。松山に来ても言いたい放題なのですが、そこはあくまでも世間知らずのお坊ちゃんの言うことであり、軽く受け流すことが出来ます。これが、成熟した大人の石川啄木が小樽を「かなしきは小樽の町よ 歌ふことなき人人の声の荒さよ」と詠んで、いまだに市民が微妙な受け止め方をしていることとの大きな違いです。実際、松山では小説「坊っちゃん」にまつわるものが市内にあふれているのに対して、小樽では啄木のゆかりの地であるにも関わらず当初歌碑さえなかなかつくられなかったそうなのですから。

それでも、松山の人が坊っちゃんを愛する理由はそれだけでは不十分です。読み進むうちに、坊っちゃんの言動もまんざら間違っているとは言い切れないことに気づきます。その気持ちの裏には「兎角この世は住みにくい」と漱石が「草枕」の中で表現する日本の世の中に対して、まっ…

英語によるコミュニケーションの重要性

前回の投稿から随分間が空いてしまいました。少し忙しくなると更新も難しくなるものです。

以前、マウスの雄が雌に対して発する超音波が相手をひきつける効果を持っていることを書きました。この超音波の働きは、しばしば言語のように例えられることがありますが、正確には行動における信号刺激のような働きをしています。実際に研究をしていて、いろいろな国で捕獲された野生マウスに由来する系統を用いてその超音波のパターンを調べてみると確かに系統ごとに特徴のあるパターンが見られます。またそのような特徴の一部が雌の探索行動を引き起こすためのシグナルのような働きをわずかながらも示しているという結果は得られます。しかし、そのような特徴的な超音波の効果はわずかであり言語に相当するような意味のある働きはみられません。

そういう意味で、やはり人の言語は特異な働きをしているのだと言えるでしょう。そもそも私たち人に心があるのは言語があるからだともいえます。仮に言語の概念がなくなったとすると私たちにはさまざまな問題が生じてきます。自分は何者なのか全くわかりませんし、説明づけることもできません。なぜなら他人との関係において私たちは何者かが分かるからです。「親」は、「昔、自分のそばにいてくれて、いると安心できた存在」という認識になります。「友人」は「近くにいる遊び相手」という認識でしょうか?「別れ」は「いつも一緒にいたものが一緒にいなくなるということ」になります。これでは将来の自分や他個体との将来における関係を予想するのはできません。そのため、人特有の豊かな心というものは言語なしではうまれてこないのです。
最近、コミュニケーションツールとしての言語の重要性を改めて感じます。特に、国際性という意味においてです。ここのところ続いている東アジアの近隣諸国との問題も普段のコミュニケーション不足が大きな原因となっているのではないかという気がします。もう少し密にコミュニケーションをとれるとこのような問題もソフトに対応できるのではないかと思います。

研究には世界中で得られた研究成果を土台として行うことが必要になります。また、そこで得られた発見も国際的に発表するということが求められます。そういう意味において、研究には国境はないということも言えます。実際、私たち研究者は外国の研究者と頻繁に情報交換をしたり、海外に出かけていって国際…

マウスオリンピック

現在ロンドンオリンピックをやっています。連日熱戦が繰り広げられていて普段見ない競技も見ることができるので面白く思います。いわゆるマイナー競技とよばれるものも、それはそれで見ていると面白いものです。昨日行われていたアーチェリー、とてもアスリートとは思えない体格の人が出ていますが、その的を繰り返し射る正確さはやはり並ではありません。

スポーツは基本的に個人個人、あるいはチーム同士が競い合うものですが、その勝敗にことさら国名が強調されるのもオリンピックの特徴です。報道を見ていると表彰式から数日もたってくると誰が優勝したかではなく単なるメダルの数の一つとして報道されるのも気にかかります。

話しは変わりますが、この研究所には世界各地で比較された野生マウスに由来する系統がいます。出身地はカナダ、フランス、デンマーク、ブルガリア、中国、韓国、日本、台湾、タイなどです。こうした野生由来マウス系統の特徴は遺伝的にそれぞれの大きく異なるために、その行動も系統ごとに顕著に違うということです。

もっとも長時間にわたって動き続けるのはデンマークのNJLと韓国のKJRです。メスでは活動量はKJRの方が若干高いので金メダルは韓国、銀メダルはデンマークでしょうか?短距離走ではどうでしょうか?瞬発力があってとても捕まえにくいのは台湾のHMIとカナダのPGN2でしょうか?速さではHMIに軍配が上がるような気がします。金メダルは台湾で銀メダルはカナダにしましょう。ジャンプ力は圧倒的にカナダのPGN2でしょう。通常のコンテナの中では下手をするとジャンプして逃げられそうになることもあります。金メダルはカナダに送りましょう。体操競技があるとすると、やはり一番は伸身月面宙返りのような技をケージの中でやっているNJLがトップでしょう。金はデンマークに。辛さに対する我慢比べではどうでしょうか?

ここまででメダルの数は以下のようになります。
デンマーク 金1 銀1
カナダ 金1 銀1
台湾 金1
韓国 金1

まだ日本にメダルがありません。

以前紹介したように、韓国のマウスはKJR系統、SWN系統ともに辛み水溶液をよく飲みます。でも日本のMSMもよく飲みます。もっとも高い濃度の辛み水溶液は、オスで日本がかろうじて金、韓国が銀メダル、メスは韓国が金、日本が銀の引き分けというところです。そんな競技はあるのかなあ? と思っ…

フェルメールについて思うこと

最初にお断りしますが、今回は行動遺伝学は全く関係ありません。

今、巷ではヨハネス・フェルメールが人気です。言うまでもないことですが、上野の東京都美術館でマウリッツハイス美術館展が開催されているからです。

フェルメールの絵を最初に見たのはアムステルダム国立美術館でした。もう20年ほど前のことになるでしょうか。それまで全くフェルメールの絵を知らなかったのですが、ひときわ人だかりのしている絵がありました。女中から手紙を受け取る女性を描いている絵で、その人だかりは英語でのガイドツアーのグループでした。近くで何気なく説明を聞いてみると、その計算しつくされた優れた構図とモデルを包み込む柔らかな光の美しさについて説明していました。なるほど、窓から入り込む光は部屋の中で様々な方向に広がり、壁にあたった光はまた反射してモデルの背後から緩やかに包み込むように見えます。光のそのさまざまな反射の様子が絵を通して見えてきて、まるでフェルメールは光を描くために絵を描いているのでは?と思うほどでした。

その後、オランダのハーグを訪れる機会があり、マウリッツハイス美術館に行ったことがあります。今回日本に来ている「真珠の耳飾りの少女」もその時にじっくり見ることができました。本当に不思議な絵です。美女の絵として有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ(ルーブル美術館蔵)」が魔性の女性のように見るものから何かを吸い取ってしまいそうなただならぬ雰囲気を漂わせているのに対して、このフェルメールの描いた少女はあくまで見るものと同じ空気を呼吸し、心を通わせる雰囲気を漂わせています。それでいて触れることのできない崇高さも同時に見せています。左上から差し込む光は一部が少女の肌を通り抜け、残りは顔にまとわりつきつつ陰になる部分へと伝わっていくようです。

このように左上から差し込む光はフェルメールがその絵の中でよく使うものです。なぜ左上なのか、私にとってはそれが不思議なのですが、なんとなく右上から差し込む光よりも心が柔らかくなるような安心感がある気がします。

私にとってフェルメールの絵の最大の魅力は、対象とする人物や物に境界がないことです。「真珠の耳飾りの少女」をよく見ると、その美しい肌と空気の境界は、濃密な光があふれてどこまでが肌でどこから空気なのかはっきりしません。それは対象物の輪郭に濃い線を描き、その対象物…

子ザルの写真を見て思うこと

先日、朝刊を見ているととても面白い写真が目に留まりました(朝日新聞7月3日 声欄)。「花園」というタイトルの写真(中塚正春氏撮影 「日本の自然」写真コンテスト)ですが、子ザルがお花畑の中で花にそっと手を添えて花を見ているように見えます。まるで子ザルがその花を愛でているようです。あるいは匂いを楽しんでいるようにも見えます。一瞬を切り取る写真が、たまたま花に手を添えた瞬間の子ザルを撮ることで、子ザルにも花を愛する人のような心があるようにみえてしまうその面白さがこの写真の特徴でもあります。その子ザルは人よりも人っぽく見えてしまうのはこの写真家のうまさによるものかもしれません。

さて、この写真を見た多くの人は、「わっ この子ザルかわいい!まるで人みたい!」と思うことでしょう。あるいは、本当に子ザルには花を愛する心があると思ってしまう人も一部にはいるかもしれません。このような写真の場合、どのように感じるかということは見る人にゆだねられているのだと思います。

ところが、サイエンスの中の話しとなると状況は異なってきます。マウスの行動などを研究していると、そのマウスの振る舞いを人の行動に対応づけたくなる状況にしばしば出会います。しかし、そういう解釈を容易に実験結果に加えて発表してしまうと、ほとんど創作のようになってしまいかねません。私たち研究者は行動を科学的に追求しているという点において、そのような解釈をくわえるためにはそれに必要な十分な検討を加え、さらにそのことを示すための追加実験も加えて発表することが求められます。昨今、インパクトを上げるためだけに容易に擬人化をして発表しているケースも見られます。またマスコミでの取り上げ方もそれを増長させるような取り上げ方が頻繁にみられることも気になります。

一方で、研究者の多くはこのような動物を用いた実験を行いながらもヒトのことをよく知りたいと思いつつ研究をしていることでしょう。私たちはそのような思いは大事にしつつも、冷静に注意深く研究をする必要があるのだと、この子ザルの写真をほほえましく見ながらあらためて思ったのでした。

アンチエイジングについて

先日、柳田充弘先生が研究所でセミナーをされました。最近のお仕事を全く存じ上げなかったのですが、現在も精力的に新しい分野での研究に取り組んでいらっしゃることを知り、優れた研究者の飽くなき追求心の迫力に脱帽しました。研究の内容は細胞周期などのお話しかと思いきや最近興味を持って研究をされている老化の問題に関するものでした。柳田先生ご自身が70歳を超えていらっしゃるので、歳をとっても第一線のアクティビティーを維持するようにするにはどうすればいいか生物学的な観点から知りたいものです。

そういえば最近、歳をとりながらも第一線で活躍される方の話題を耳にすることが多くあります。ちょうど今、ウィンブルドンテニスをやっていますが、先日はクルム伊達公子選手がシングルスに出ていました。第一セットは順調にゲームをとっていて、このままいくと楽勝かという気もしました。しかし、第一セットの終盤で相手に粘られ始めました。足の怪我もしていたそうなので、できれば第一セットを簡単に取りたいところでした。確か、一回目のセットポイントをとれば疲れもためずに第二セットに臨むことができたはずですが、そのポイントを相手のスーパーショットか何かで落とし、結局そのゲームを粘られて落としました。その後ゲームを重ねて、苦しい接戦のあとにようやく第一セットをとる結果になってしまったと思います。一回目のセットポイントに失敗した後、みるみるうちに疲労をためていった様子がテレビで見ていてもよくわかりました。テニスというのは奥の深いスポーツです。わずか一つのプレーが試合全体を左右することもあるのですから。結局この試合はセットカウント1-2で負けてしまいました。

その伊達選手は現在42歳でしょうか?一度引退したあとに40歳を前にして復帰し、こうしてウィンブルドンで活躍しているのですからたいしたものです。伊達選手については、1992年のウィンブルドンを留学中に見に行った際に実際に試合を見たことがあります。まだ伊達選手が国際舞台でよく知られる前でした。ウィンブルドンというとセンターコートやファーストコートなどをテレビで目にしますが、シードされていない選手の多くは、一応芝のコートではあるもののその周囲を観客が囲んで立って見学しているようなコートで試合をしたりしています。友人が「ツヨシ、デートという日本人が試合をしているよ」と言ってきました…

甘味嗜好性

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私たちが研究しているマウスにも甘味に対する嗜好性に系統差があることが知られています。スクロースに対する嗜好性を調べると、B6という系統はこの甘味を好みますが、129という系統ではあまり嗜好性を示しません。このような嗜好性の違いは系統の遺伝的違いを反映しているために、遺伝的要因が嗜好性に関与していると考えられています。実際、甘味嗜好性に関する遺伝子をマッピングするとマウスの第4番染色体上に複数の遺伝子が存在することが報告されています。

しかし、人の場合はどうでしょうか?国により食べ物の好みに違いがあるのは遺伝子が原因というよりも食文化が多分に影響している気もします。つまり、嗜好を変えようと思えば変えることも可能ではないかと思うのです。

ここのところ忙しい日々が続いていました。4月にはフランスのパリで超音波コミュニケーションの研究をしている研究者が勢ぞろいしてさまざまなディスカッションを行いました。その会議の内容はここでは触れないのですが、さすがにパリ、食事は楽しむことができました。高級な料理は口にする機会はありませんでしたが、何気なく口にするもの、たとえばホテルの朝食に出てくるパンとコーヒーそれにジャムとヨーグルト、質素な朝食ですが、私にとってはパンの硬さや味にも十分満足でした。それにカフェやカジュアルなレストランで食べるちょっとした食事もそれなりにおいしいと感じました。

5月には米国のコロラド州ボルダーで行動遺伝学に関する学会があり参加してきました。ボルダーは元マラソン選手の高橋尚子さんをはじめ多くのスポーツ選手が高地トレーニングをする場所としても有名です。近くには切り立った岩山で有名なフラットアイアンマウンテンなどもあり、風景もきれいです。
 
でも、食事はどうしたものでしょう。朝食に出てくるパンはすべて甘く、まるで菓子パンのようです。ヨーグルトにはlightと書いてあるにも関わらず、成分表を見ると一つのパッケージあたり20グラム以上の砂糖が入っています。いろいろなところで口にするものがあまりにも甘く、数日たつとさすがに薄味に慣れている身にとっては身体への負担も重く、食傷気味になってきます。結局、スーパーで比較的味の薄そうなパンを買ったりフルーツを買って食べるのが最もおいしく感じる始末でした。米国の人は多くの人がこのように甘いものを食べているので…

時間を切り取る画家「ドガ」

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前回、大英博物館のことに触れました。同じように入場料無料としながらも寄付を求めている大きな美術館が小さな町、ケンブリッジにあります。フィッツウィリアム美術館(Fitzwilliam Museum)です。この美術館は、日本ではあまり知られてはいないかもしれませんが、その規模と所蔵品の膨大さは大英博物館とまではいかなくとも、それ相応の満足感の得られるものです。大英博物館の場合には、後半になると疲れ果てて展示物を見る集中力が切れてしまうものですが、フィッツウィリアム美術館の場合にはなんとかすべて楽しみながら見て回れるのも良い点です。展示品は、大英博物館のように古代エジプト、ローマ、ギリシャなどの考古学的にも意味のある美術品がたくさんありますが、それに加えて、陶磁器などが豊富にあり、絵画などの美術品が多いのも特徴です。宗教画なども多くありますが、印象派などの絵画も多数展示してあります。モネ、ルノワール、セザンヌなどよく知られた画家の優れた絵画が多く展示してありますし、浮世絵のコレクションを大規模に展示したギャラリーもあります。

私は、ケンブリッジに住んでいたころ、週末などで時間のあるときには、散歩がてらよくこの美術館に行きました。この町は本当に小さな町で、中心部ならすべて歩いて回れる規模です。美術館はその中心のトランピントン通りにあります。最初の頃はすべて見て回りましたが、頻繁に訪れるようになると、さすがに滞在時間も短く、見る対象も好きなものに偏ってきます。そのようなときは入場の際に、エントランスで若干の寄付をして、他の展示はほとんど素通りしてお気に入りを目指しました。なぜか一点だけ、その色と形がやたらと気に入っている青磁器をながめてうっとりとし、また浮世絵コレクションを見て日本に思いを馳せていました。

そしてなによりも気に入っていたのがドガ(Edgar Degas)の"Au Cafe"という絵です。

http://www.fitzwilliamprints.com/image/795049/degas-edgar-au-cafe-at-the-cafe-by-degas
この絵を窓から差し込む柔らかな光の中で遠目からゆっくりと眺めながら過ごすのがが至福の時でした。

ドガという画家はなぜこのように「ある時間の流れ」そのものを切り取って絵画にすることができ…

大英博物館の入場料はいくら?

先日、NHKスペシャルの「2時間で回る大英博物館」という番組を見ました。大英博物館といえば、入るとあっさりと見ても半日はつぶれるほどの規模なので、そこを「2時間で回る」といううたい文句に惹かれました。番組は、映像が案内をする人の目線になっていて、その案内人が歩きながら紹介するようになっています。

番組は、大英博物館に入るところから始まりました。留学中など何度か行ったことがあるので、懐かしい映像です。案内人は歩きながらエントランスに入っていきます。
「入場料はどこかな?」などとつぶやいていたと思います。

やがて入り口に立っていた職員と以下のような会話をしました。
「入場料はどこで払うんですか?」
「入場料は無料ですよ。ただし、寄付をしていただけるんだったらうれしいですけどね」
「えっ? 無料なんですか? すごいなあ。こんな博物館が無料だなんて・・・」
おおよそこのような会話とも独り言ともつかない言葉を発しながら、案内人はその職員の横をそのまますり抜けて入っていきました。

この様子を見ながら「あっ NHKがやっちゃったなあ」と、見ていたこちらが恥ずかしくなってしまいました。

イギリスでは、大英博物館(British Museum)やロンドン自然史博物館(Natural History Museum)など入場料が無料の博物館がいくつかあります。こうした博物館が無料なのは、経済的に非常に苦しい人も差別なく入場できるようにするためだと聞いたことがあります。その一方で、入り口には寄付についてのお願いがはっきりと書いてあります。随分前の記憶になりますが、自然史博物館の場合は、おおよそ以下のような内容だったと思います。

(この博物館は、皆さんからの寄付により運営されています。入場の際にはぜひご寄付をお願いいたします。おおよそ5ポンド程度が妥当な値段だと思います)

もしかすると5ポンドという値段は私の記憶に間違いがあるかもしれませんが、いずれにしても近い値段だと思います。こうした文章を見ると、無料だと思うでしょうか?私には、この文章の横を何も支払わないですり抜ける勇気はありません。実際、私がこうした博物館に入った際には、入場する他の多くの人たちが寄付をしていたように思います。イギリスでは寄付によりこうした学問の基盤を支える文化があるので、人々もあたりまえに寄付をするのだと感じていま…

行動が先? それとも味覚が先?

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行動を考える際に、進化レベルのことを考えると途端に話しが面白くなることがあります。

味覚についてここで触れることが良くありますが、ちょうど最近興味深い論文がアメリカのグループから報告されました。動物には肉食の動物がいますが、その食肉目に属する動物の多くで甘味受容体の遺伝子が壊れしまっているというのです。

苦味にはたくさんの遺伝子がありますが、甘味は二つの遺伝子でその受容体がつくられます。そのうち甘味の認識に重要な働きをするのがTas1r2遺伝子です。食肉目のネコやカワウソ、それにアシカなどではこの遺伝子が働かなくなっていました。食肉目の中でも甘味に嗜好性のあるメガネグマでは遺伝子は働いています。 興味深いことに、コウモリ目のなかのコウモリは一般に果物や昆虫を餌にしますが、吸血コウモリとよばれるチスイコウモリでは甘味遺伝子が働いていないそうです。

食肉目の中には餌を丸のみする動物がいます。たとえばアシカやバンドウイルカなどです。そうした動物は甘味受容体だけでなくうま味受容体の遺伝子も働かなくなっているそうです。こうした動物は餌を丸のみしているので魚のうま味を味わう必要がないのでしょう。ジャイアントパンダでは甘味受容体はしっかりと存在します。その一方でうま味遺伝子はなくなっているのだそうです。確かにササを噛んでいても甘味は出てくるでしょうが、うま味が出てくることはありません。うま味遺伝子を持っている必要が無いのです。

先に紹介したバンドウイルカでは、なんと苦味受容体も働かなくなっているかもしれないそうです。以前にも紹介したように、苦味受容体遺伝子はたくさんあります。それらがなくなると、動物は毒物を味覚で察知することができなくなります。餌を味わう前に飲み込んでしまうイルカでは、このような毒物センサーはほかの感覚にゆだねているのかもしれません。

皆さん、イヌの甘味受容体はどうなっていると思いますか?

我が家のイヌは健康のためにヒトの食べ物を食べさせないようにしています。それでも目を盗んで食べてしまうことがあります。娘が食卓の下にこぼしたビスケットの粉を食べて歩く癖もついてしまっています。あるとき、コーヒーを飲む際に食べようと机の上に転がしていたアーモンドチョコが一つなくなっていたこともありました。甘いものに加えて干物のような魚も大好きです。煮干しを見せると狂喜したようにし…

辛さを感じるネズミと感じないネズミ

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カレーレストランの中にはその辛さにランクをつけているところがよくあります。チェーン店にもありますね。その中でどれにしようか悩んだことはありませんか?あるいは、思わず辛すぎるものを選んでしまい、味も分からないほど苦しい思いをしたことはないでしょうか?一方で、超激辛と称されるカレーを平気で食べる人もいます。そう、辛さの感受性にも個人差があるのです。子供から大人になるにつれてカレーなど辛いものを食べる機会が増えてきます。そのような経験により、だんだん辛さに慣れてきます。でも、ある程度以上は慣れることはできません。たとえば、もしあなたが料理に入った鷹の爪を食べてすでに辛くて汗が噴き出ているようなら、ハバネロのたくさん入った激辛料理を試してみようなんて思わない方がいいでしょう。辛さに対する感受性は生まれつきある程度決まっているもので、慣れでどうこうできるものでもないのです。以前、韓国の学会に招待されて訪問した際に、現地の人とトウガラシに関する感受性の個人差について話題になったことがあります。韓国では、トウガラシの入った料理がかなりありますが、人によってはそのような辛い料理を全く食べることができない人も結構いるらしいのです。やはり慣れで辛いものが平気になるわけでもないのです。ちなみに私のトウガラシに対する感受性は”人並み”です。




トウガラシの辛みの成分はカプサイシンというアルカロイドの一種です。実はマウスを使って、このカプサイシンに対する感受性を調べることができます。用いる器具は、以前苦味感受性で紹介したものと同じものを用います。マウスが昼間眠る時間帯には普通の水を飲めるようにしますが、夜間の活動期にはカプサイシンの入った水だけ飲めるようにします。低濃度のカプサイシン溶液からはじめて、毎日濃度をあげていきます。そうすると、カプサイシンに対する感受性の高いマウスは、濃度が上がるにしたがって急速に溶液を飲まなくなります。一方で、感受性の低いマウスは、高い濃度のカプサイシン溶液でも飲むことができます。このような感受性の違いには、はっきりと系統差があるのです。一般にヨーロッパ由来のマウスは、カプサイシンに対する感受性が高い傾向にあります。その一方で、アジア由来のマウスは、そのカプサイシンをよく飲む傾向がみられます。特に韓国由来のマウスはカプサイシン感受性が低いのです。このようなマウス…

脳の働きをまもる

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脳や脊髄は固い頭蓋や脊椎骨で保護されていますが、その組織そのものは非常にデリケートなものです。脳組織における脂質の含量は60%におよび、堅牢な構造を保つことができません。そのため、脳や脊髄などの中枢系は脳脊髄液という無色透明の液体の中に浮かんでいるのです。イメージとしては、豆腐が壊れないように水の中に入れられているようなものです。こうすることで、輸送の際にも、商品棚に配置するような作業の際にも、多少の振動や衝撃があっても豆腐は壊れることなく形を保つことができます。脳も、この脳脊髄液の中に浮かんでいることで、走っている際に転んでも、あるいはサッカーでヘディングシュートをしても脳が簡単には損傷することなく形を保てるのです。

この脳脊髄液は脳の脈絡叢というところで毎日新たに作り出されて、古い液はまたクモ膜下腔というところで血液に吸収されてゆきます。その量はヒトで一日当たり500ミリリットル程度に及ぶそうなのでかなりの量が毎日脳の周囲を徐々に循環していることになります。容易に想像できるとは思いますが、このような頭蓋や脊椎骨のような硬い構造物の中に毎日同じ量の液を注ぎ込みつつ同量を正確に排出してゆくというのはとても繊細なシステムです。当然のことながら、この脳脊髄液の分泌と吸収のバランスが崩れると、脳の機能に大きな問題が生じます。

頭蓋内の脳脊髄液の量が多くなり、圧が高くなると水頭症という病気を発症します。水頭症になると、脳脊髄液の多くをためている脳室という部分が拡大し、そのぶん脳組織を圧迫していくことになります。このため、脳の機能に大きな影響を及ぼし、正常なはたらきが阻害されるのです。この水頭症の発症にも非常に多くの遺伝的要因が関与していることが知られてきています。

実は、マウスでも水頭症を発症する疾患モデルがあります。成体のマウスでは、ヒトと比べて頭蓋骨が薄く軽くできています。そのため、水頭症を発症すると成体であっても脳脊髄液の圧力上昇に伴い頭蓋の変形が見られるので、容易に発症個体を見出すことができます。


 私たちのところで研究してみると、このマウスの水頭症発症にかかわる遺伝子が数多くあることがわかりました。少なくとも6つの染色体上に水頭症に関わる遺伝子が存在することが分かったのです。つまり、このような多数の遺伝子により精緻につくられたシステムに不具合が生じると簡…

甘い声

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韓流が日本でも大変人気があります。"KARA"や"少女時代"など、今人気のグループはテレビでも頻繁に目にします。男性もまた人気です。"ヨン様"やイ・ビョンホンはもう一時代前でしょうか?東方神起やチャン・グンソクなど、本当によく売れています。なぜこのように韓流は日本で人気があるのでしょうか?私の個人的な印象ですが、彼らや彼女らの発する声がみな甘く柔らかくて、癒し系であるのが人気の理由の一つではないかと思うのです。

実は、私たちが研究しているネズミにおいても、もしかすると韓流ブームなのかもしれません。

ネズミは社会的コミュニケーションの一つとして超音波帯で発する音声を使っていることが少しずつ分かってきています。超音波なので、もちろん人の耳には聞こえませんが、ネズミには聞こえるのです。この超音波は、ネズミの赤ちゃんが親を呼ぶときやメスがメスと一緒のとき、さらにオスがメスに出会ったときに発しています。特に、オスがメスに出会った際にはとても複雑な超音波を発していることがわかってきています。



超音波は通常の音声レコーディング装置では録音できません。そのため、超音波に適した特殊なマイクロフォンを使ってレコーディングします。オスを入れた小さめのケージにそっとメスを入れます。そうするとオスはメスに対して超音波を発するのです。私たちは、世界各地で捕獲された野生由来マウスからつくられたマウス系統を使って、オスが出す超音波を調べてみました。そうすると、系統によって若干異なった特徴を持つ超音波を出していることがわかりました。


それと同時に、オスとメスの様子をビデオで記録して調べてみました。オスはメスに対して近づいて、匂いを嗅いだり毛づくろいをしたりします。その際、メスは嫌がってオスをけったりすることもしばしばあるのです。その蹴ったり、嫌がる声を出す回数などを指標にして、どのオスマウスが嫌がられているのか、あるいは比較的受け入れられているのか調べてみました。そうすると、韓国由来の系統はもっともメスに受け入れられていることがわかりました。マウスにおいても韓流は人気があるのですね。

次に、その韓国産のマウスの発する超音波の特徴的な発声パターンを集めて、超音波の音声ファイルを作成しました。その一方で、最もメスに嫌がられる傾向の高い超音波パ…

社会から隔離されるということ

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前回は社会性について触れました。私があたかも社会性が無いように書きましたが、実はそうでもないのです。

マウスは社会的な集団で生活する動物です。つまり、個体ごとにばらばらで生活するのではなく、親や子供で集団をつくり生活をします。そのため、社会的な関係は個体の生存の上で重要な要素になります。実験用に飼育されているマウスは、自ら社会的な集団をどのような構成にするか決めることはできません。その代わり、通常生まれた同腹の兄弟を一緒にして飼育するようにします。そういう社会的な関係を保って飼育することで、マウスとしての行動を維持することができると考えられているのです。一方、マウスの個体を個別に飼育ケージに入れて飼育すると行動にさまざまな影響を及ぼすと言われています。マウスを1個体ずつ飼育ケージに入れてしばらく飼育します。そうすると、不安様行動がより強くなったり、オスの攻撃行動が増えることがなどが報告されているのです。

私がイギリスのケンブリッジに留学中に最初のクリスマスを迎えたときのことです。その時点で、研究室の人たちがどのようにしてクリスマス休暇を過ごすのか全く知りませんでした。クリスマスも近づいてきた頃、両親も家族も皆ケンブリッジに住んでいるポスドク仲間にどのようにクリスマス休暇を過ごすのか聞いてみました。

T: アン、ここでは皆どういう風にクリスマス休暇を過ごすんだい?長く休んだりするの?
A: うーん、いつもクリスマスの前後で数日休むけど、そのあとは研究室に出てきたり仕事をしたりするわよ。
T: そうか。その程度か。

ということで、特に予定も立てずにケンブリッジで普通に過ごすことにしたのです。その時は、イギリスでのクリスマスの様子を見たいという気持ちもありました。だんだん近づいてくると、他の友人が「クリスマスの予定はあるのか?」と聞いてきました。
「いや、何もないよ」
と答えると、
「じゃあ、うちに来るかい?」
と誘ってくれました。でも、「クリスマスの前後数日程度なら普通に過ごしていればいいや」と思い断ったのです。なによりも彼に迷惑がかかるような気もしました。彼が少し心配そうな様子をしていたのが少し気になったのですが、私自身はなにも心配していませんでした。

やがてクリスマス休暇の季節になりました。12月20日頃から研究室のメンバーが一人、また一人とそれぞれの母国や実家へ…

社会性を考える

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マウスを使って社会性を調べるテストがあります。オープンフィールドに2個体のマウスを同時に入れて、それらのマウスがどの程度接触したり、匂いをかぎあったり、相手の個体を追いかけたりするか調べるのです。このようなテストを行なうことで、マウスの系統によって社会性に大きな違いがみられます。たとえば、世界中の研究者がよく使うB6という系統、これは相手のことなどあまり気にかけずフィールド内を歩き回ります。一方で、MSMという系統は相手によりそって盛んに匂い嗅ぎをしたりします。あまりにしつこくにおいを嗅いでいるので、見ているこちらも息が詰まりそうになります。(これはたまらんなあ)と。

 
先日、深夜に放送されていた情熱大陸という番組にナオト・インティライミが取り上げられていました。いまとても人気のある歌手で、なんだか元気の出そうな歌が特徴です。彼は一時期引きこもりになっていたそうですが、その後、音楽やサッカーで人と触れ合いながら世界を旅するうちにエンタテイメントに目覚めたようです。彼は番組の中でモロッコのマラケシュという街を訪れていました。そこは、サハラの民族とヨーロッパに近い街との交易の要所で、現在はサハラの文化の一端が味わえる観光の名所ともなっています。その街で人々と触れ合うインティライミはとても楽しそうで、かつて引きこもりであったことが信じられないほどです。でも考えてみれば、現代の社会で感じる人との希薄な関係が彼にとってはつらかったのかもしれません。彼は、かつて世界を旅した際にもこのマラケシュを訪れていたのだそうです。そのときにも、今回と同じように、人々と楽しくサッカーをして、歌を楽しみ、触れ合いを深めたそうなのですが、その様子を見ながら、私にとってのきつかった旅の記憶がよみがえってきたのです。
1994年の年末に、ふとアフリカを見たいと思い立った私は、ロンドンから長距離列車を乗り継いで、さらにフェリーでジブラルタル海峡を渡りモロッコのタンジェに着いていました。そこで私は正直言うと面食らっていたのです。人がいままで経験したことのないほど近くに寄ってくるのです。安いホテルを探し荷物を置いた私が街中を歩いていると、行きかう人が、すれ違いながら話しかけてきます。 「トーキョー、オーサカー」 「ガイドをするよ」 「これ、買わない?」 など様々です。
2日ほどタンジェに滞…

味覚の個人差

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味覚には甘味、塩味、酸味、うま味、苦味の五元味があることが知られています。日本人は味覚に敏感だと言われますが、それは日本食には「だし」にこだわった料理が多いため多くの人がうま味に敏感だからでしょう。うま味を楽しむためにはどうしても甘味や塩味を控える必要があります。そのためれらの味がバランスよく料理に使われており、どの味に対しても感覚が鋭くなっているのだと思います。よく海外で食事をする際に、甘味や塩味が濃いため味が台無しになっていることがあるのは、旨味に対するこだわりが少ないために生じるのです。この五元味の中で、「苦味」だけは本来楽しむ味ではなく食べてはいけないものをいち早く知るための危険信号です。そのため、どのような苦味でも豊かな味わいというよは比較的単純な味としてストレートに感じることが多くあります。つまり、嫌な苦味の強さとして感じることが多いのです。でも人間は食に対して本当に貪欲です。このような、食べてはいけないものに対する危険信号である苦味でさえも楽しもうとするのですから。食の中には苦味を楽しむものもあります。さんまやさざえのワタ、それにコーヒーや緑茶もそうです。それに夏の食材、ゴーヤも苦いですね。でもいずれにしても比較的苦味は抑えて味わいを楽しむものが多いようです。

この味覚について、マウスを用いてそれに対する感受性を調べることができます。実験としては苦味物質を水に溶かした水溶液を準備し、水と苦味水とのどちらをどれだけ飲んだか、その割合で調べるのです。このときに使用する苦味水は特定の物質を用いて作ります。苦味を受け取って認識する受容体はマウスで36種類もあり、どの苦味物質をどの苦味受容体が受け取るかということはあらかじめ決まっているのです。私たちは、スクロースオクタアセテートという苦味物質を用いています。これは甘味物質のショ糖がアセチル化という修飾を受けて苦味物質に変化したものです。この苦味物質は、さまざまなマウスの系統を調べてみると、いやな苦味として感じるマウス系統と全く感じない系統がいるのです。わたしたちのところでは、この苦味の遺伝子を調べています。もう少し調べていくと、どのようにして苦味に対する感受性の違いが生じるかわかるようになると思います。


 
ところで、最初にふれたように、苦味はその動物が食べてはいけない危険なものを認識…

自転車に乗ろう

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自転車もまた活動性が関与していそうです。歩いたり走ったりするのとは違い、自転車が身体と路面の間に入り、より効率よく移動することができますが、ペダルをこぐ動きは活動そのものです。実際、スポーツジムでもエアロバイクは主要な運動器具の一つです。私自身はこのエアロバイクを使ってトレーニングしたことはありませんが、室内でエアロバイクをこぐ姿はなんだか前回紹介したマウスが回し車をまわしている姿を想像させます。どれだけエアロバイクを回転させたかというデータをとって人の活動量の指標としても面白いデータになるのではないかと考えてしまうのです。

先日も書いたように、車を使って化石燃料を消費し続けるよりも、人が食事でとったカロリーを使って自転車に乗る方がやはりはるかに環境には優しいでしょう。日本は坂が多い国なので、自転車での移動はかなり大変な街もありました。でも、電動アシスト自転車の登場でそういう坂の多いところでも自転車での移動が簡単になっています。実家の両親が購入している電動アシスト自転車に最近乗ってみました。スタート時や坂道などペダルに強い負荷のかかるときにすーっと進んでいくので随分楽に感じます。これなら、自転車に乗って活動する意欲はあるものの、地形や体力の問題で自転車に乗るのが難しい場合でも楽に乗れます。最近は環境への関心の高まりもあり自転車ブームだそうで、通勤や通学、それに休みの日に自転車を使う人が増えてきているようです。なかなかいいことだと思います。でもよく言われることですが、自転車に乗る際の交通ルールの徹底と、自転車専用レーンの整備がより大きな問題になってきています。

交通ルールについては、たとえば自転車の左側通行厳守、これは早いスピードで行きかう自転車が事故を起こさないための最低限のルールですが、これが守られていないことが非常に多く感じています。日本人はその交通ルール順守をする国民性がドイツ人と並んで海外でもよく話題になります。しかし、その同じ国民がこと自転車に関してはあまりルールを守れません。時々自転車で右側通行している人の様子をすれ違いざまに見たりしますが、悪びれている様子はまったくありません。もしかしたら左側通行が交通規則であることを知らないのではないかと思ってしまいます。それ以外にも夜間の無照明なども車のドライバーや歩行者、それに他の自転車にとっても怖いものです。…

活動性を調べるには

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私たちは行動について研究しているのですが、この行動を解析するというのはしばしば難しいことがあります。特に人の行動を調べるというのは難しいものです。なぜなら人は本心を隠すこともしますし、見栄を張ることもあるからです。

前回の話しの続きです。活動性もまた旅をするための重要な要素になります。そもそも動こうという意思がなければ旅は始まりません。数年前に芸人の間寛平さんがアースマラソンをしたことは記憶に新しいですが、信じられないような距離のマラソンです。なにしろ陸上で2万キロメートルを走ったというのですが、どのような距離なのか想像もつきません。一方で、テレビゲームに没頭するあまりほとんど家から外へ出ない人もいるので、この活動性は人によってかなり大きな違いがあります。

活動性はマウスでも調べることができます。よく知られているのは回し車です。よくペットを販売する店で、ハムスターなどの遊び用器具として売られていたりするので多くの方にはイメージしやすいかもしれません。行動テストとしても回し車がよく使われており、その回転軸に取り付けられたカウンターによって、マウスが何回回し車を回したか記録にとることができます。マウスは回転輪の周囲を踏んで走るので、円周の長さに回転数をかけると走った距離が算出できます。私たちのところでもざっと調べると、マウスは一晩に14キロメートル移動したこともあります。ただし、この回し車はマウスにとって報酬的な意味合いのあるもののようです。活動量というだけでなく、回し車を回すということに対する嗜好性も関係してくるので単に活動量と言っていいか注意が必要です。


私たちの研究室ではホームケージ活動性テストという行動実験をしています。ケージの上に取り付けた赤外線センサーにより、マウスがどの程度移動をしているか、カウント数としてあらわすのです。私はこのテストが気に入っています。なぜならマウスを飼育ケージに入れたままでその活動性を調べることができるからです。行動テストはしばしば動物に対してストレスを与えざるをえないものもありますが、このテストではマウスが自分のケージの中で普通に生活している状態で、その行動を定量することができるのです。この実験によって、マウスによって活動量の多いものや少ないものがいることが良くわかります。この違いに関わる遺伝子を探そうとしているのです。

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旅をするということ

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マウスには遺伝的に異なる系統というものが多数存在するのですが、系統の違いは、人でいうなれば個人差を見ているようなものです。系統を比較することで人の個人差に相当するものを調べようとしているのです。

私たちの研究で行っている実験の中に、オープンフィールドテストという行動テストがあります。このテストでは、60センチメートル四方の四角いふたの無い塩ビ製の箱を用いるのですが、この箱は白っぽい色に加えて照明もついているため、夜行性で狭い場所を好むのマウスにとってはこのようなオープンフィールドは比較的苦手な環境になります。しかも、実験に用いるマウスは、このオープンフィールドを生れてから一度も経験したことがないのです。さて、実験ではマウスを1個体だけケージから取り出し、そっとオープンフィールドの隅におきます。それからそのマウスがどのように行動するかを観察するのです。多くの研究者が観察する特徴は、オープンフィールドのどこに滞在してどれだけ移動するかということです。


こういうテストをすると、臆病な性質のマウスは、フィールドの隅でじっと動かなかったり、歩いたとしてもフィールドの壁のすぐ内側に沿って歩いたりします。一方、あまり臆病でないマウスはフィールドの中央を平気で横切ったり、あちこち探索したりします。このような行動の特徴はマウスの系統の特徴として比較的再現性良く見られます。詳しい説明はここでは控えますが、こうしたマウスの臆病さには多数の遺伝子が関っていることがわかっています。そのため、遺伝的に雑多なマウスの集団をつくると、大半の個体はわりと普通の臆病さですが、常にある確率で非常に臆病なマウスが生まれてきたり全くそれとは逆の性質のマウスが生まれてくるのです。

こうした臆病な行動はもちろんマウスに限ったことではありません。前回ここで紹介したコッカースパニエルのチェルシーはかなり臆病です。基本的に散歩は苦手です。おそらく、散歩に出るとあまり知らない犬に出会うし、猫ににらまれたりするので外は苦手なのでしょう。オープンフィールドのマウスのような行動も示します。散歩中、道路の真ん中を歩くよりも塀に沿って歩くことを好みます。人だって動物のことを笑っていられません。広い会場に人が集まるとき、多くの人が壁に沿って立って待っているのに心当たりはありませんか?

こうした、新奇の場所に出ることを好んだり逆に…

イヌを飼うということ

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イヌは人とのつながりが長く、これまでにさまざまな目的のために選抜育種されてきたため、犬種ごとに特徴ある行動を示します。このことが、イヌの魅力をより多様にしているのでしょう。行動遺伝学を研究している立場からも、このようなそれぞれの犬種の持つ特徴は魅力的です。

私のところにはイングリッシュ・コッカースパニエルが2頭います。名前はLeedsとChelsea。そう、サッカーファンならお分かりと思いますが、イングランドプレミアリーグのLeeds UnitedとChelseaという二つの有名なチームの名前です。すでに11歳と9歳になっていますので、そろそろ老犬となってくる頃かと思うと心配です。でもまだ2頭とも元気です。このコッカースパニエルは、もともとコッカーというシギの仲間の鳥を狩猟する際に、できるだけ気づかれないように近くへ行き、一気にシギをとびたたせるためにつくられたようです。また落ちた獲物をくわえて回収する役割も担っていました。

さて、LeedsとChelseaはやはりその選抜育種された過去を今もって捨てきれないようです。家の外を見張り、ムクドリなどが庭に下りてこようものなら、ほふく前進をして近づいたり、一気にガラス窓にとびかかり、とびたつのを見てさらに興奮したりしています。血が騒ぐとでもいうのでしょうか?



このような犬種に特徴のある行動は、必ずしもその犬種だけでみられるものではありません。多くの他の犬種も示す行動です。また、コッカースパニエルなら必ず示す行動というわけでもありません。同じ犬種の多頭飼いをしたことのある方なら、犬でも個体によってその性格に大きな差があることをよく御存じだと思います。このように大きな個体差はあるけれども、集団全体としてみると、行動などの特徴が脈々とそのグループの中に受け継がれているのが犬種なのです。こうした犬種の特徴を見ていると、行動遺伝学はやはり面白いと思うのです。

クローン技術

昨日の朝日新聞に、「染色体の分配異常クローン阻む要因」という記事が出ていました。理研のグループによる研究だそうです。体細胞からクローン動物を作製しようとすると、その成功率は2-3%で、ほとんどは発生の初期段階で異常を呈して発生ができなくなります。細胞分裂を開始した体細胞クローン初期胚では、娘細胞への染色体の分配に異常が生じており、それが成功率低下の原因になっているというものでした。今後はその染色体分配異常の原因を調べることも面白いかもしれません。ここのところ細胞の分化能に関わる研究はiPS細胞の研究が目立っていたので久しぶりに体細胞クローンのニュースを聞いた気がしました。

ところで、研究とは離れた話になりますが、クローン動物といえば一般にはSF的なイメージがつきまとってしまいます。最近カズオ・イシグロの小説「わたしを離さないで」を読みました。設定は近未来ということでしょう、人類のさまざまな病気を治療するための臓器提供を目的としてつくられた体細胞クローンの人たちが、学校で寄宿生活を送りながら臓器提供者としてのマインドコントロールを受け、やがて大人になり臓器提供を何度か行った後に終わりを迎えます。こうしたクローン人間の生活と人と人とのつながり、それから心の中の苦悩がキャシーという主人公の女性の回想を通して描かれています。文章は女性の落ち着いた語り口を使って書いてあるので、淡々と進んでゆきますが透明感のある美しい文章です。最初は現代の普通の女性の回想を通した物語を語っているように感じますが、読み進めていくとところどころに少しずつ不吉な言葉がちりばめられています。それはまるで白い紙に針でつついたようなインクのあとを残してゆくようです。読者はそれ自体は汚れとはなかなか気づきませんが、やがてあるとき濡れた手でこするとそれがインクの汚れであったことに気づきます。こうした手法は、私のお気に入りのジョン・アーヴィングの書き方と共通点があるような気がしました。

私は、読んでいきながら、おそらく最初のインクの点のところで、「もしかしてクローン人間?」とインスピレーションが働いた気がします。研究者としてこうした問題の情報を多く持っているからかもしれません。その後さらに読みながら、「自分ならこういうテーマで小説を書くけどなあ」などと人間の尊厳とかクローン人間を作製した人への罪の糾弾などを心…

地震!

地震は、多くの活断層やプレートの滑り込みを近くに抱えて、さらにたくさんの火山を有するこの日本では宿命のようなものです。

今朝、山梨県の忍野のあたりを震源とする地震がありました。この三島でも震度4程度の揺れがありました。自宅にいましたが、結構速い速度で揺ましたので、驚いて周りの確認をしました。この程度の地震は日本ではいつ起こっても不思議はないので、あまり特筆することではないのかもしれません。でも、このように大きなダメージのない地震が時々起きるのは、私たちが常日頃地震に備える気持ちを維持するうえで重要なのかもしれません。今朝も家の中の食器棚の転倒は大丈夫か確認したり、ストーブの火を消したりといった対応をしました。こういうことを経験していると、次に地震が起きた際にも対応が少しはスムーズにいくように思います。

実は、震度4程度の地震があると、マウスの飼育施設ではボイラーやガスなどが感震装置により停止するので大変です。今朝も、これらが停止して復旧までにしばらく時間を要してその間若干の温度の変化などがありました。これはこれで大変なのですが、見方を変えると万一さらに巨大な地震が起きた際にはこれらの感震装置がしっかり作動することをテストしていることにもなるので、このように被害の無い程度の地震でも作動するのは重要なことなのかもしれません。でも、土曜日の朝にすぐにかけつけて復旧に対応してくれた人たちやスタッフの〇ちゃんには感謝です。

自転車通勤

最近は環境問題もあって自転車ブームだそうです。私もずいぶん前から自転車通勤をしています。片道4キロメートルほどの道のりですが、往復に普通の自家用車を使用するとおよそ1リットルの化石燃料を使用しますから、それを節約しているというのはずいぶん環境にも良さそうです。往復でおよそ8キロメートル、時間にすると約20分から30分程度自転車に乗っていますから往復で150キロカロリー程度消費するのでしょうか。およそおにぎりとスープで300キロカロリー程度でしょうから、私の朝食で往復に自転車を使ったとしても2往復できるほどの運動になります。この1リットルの化石燃料をおにぎりとスープで賄うのですから、人間は驚くほど効率がいいですね。でも、人間は時々贅沢な食事を望むときがあります。衝動的にかなり高価な食事をしてしまうときもあります。いつもいつも効率がいいとは言えないのかもしれません。

それからもう一つ問題が・・・。夕方には自宅に自転車で帰り、夕食のあとは車に乗ってもう一度研究室に来ています。結局そのために1リットルの化石燃料を使っているのですから環境にいい生活をしているとは必ずしも言えません。

行動遺伝学に関する入門書を出版しました

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長かった2011年もようやく師走を迎えようとする頃に、「行動遺伝学入門」という本を裳華房より出版して頂きました。これは、私が山元大輔先生と一緒に編集したものですが、各章を執筆して頂いた先生方に感謝しなければならないと思っています。もちろん出版社の方にも本当に感謝しています。

  これまでずっと、大学生の人たちが行動遺伝学に関して学ぶのに良い参考書が必要だと思い続けてきました。この研究分野は、幸い多くの人に興味を持ってもらうのですが、では何が行動遺伝学かというと、それを把握するための日本語の書籍がこれまであまりなかったのです。この研究分野はアメリカやヨーロッパでは非常に盛んで、アメリカで開催される行動遺伝学に関する国際学会などに出ると参加している研究者の数もずいぶん多くなり、活気もあります。そのためか優れたテキストブックもいくつか出ています。一方、日本ではまだ行動遺伝学に関わる研究者の数が少ないように感じています。その原因とまでは言いませんが、良いテキストブックが無かったこともいくらか影響しているように思います。

行動遺伝学と一口に言っても、その中では、研究者によって対象動物もさまざまで、実験手法はもちろん、研究で知りたいことまでさまざまです。ですから、この分野を総括して一つの書物にするのは本当に難しい作業です。日本語の書籍があまりなかったもう一つの理由はここにあるのかもしれません。そういう理由で、今回の書籍では、執筆して頂いた先生方に、それぞれの研究分野をご自身の視点からまとめて頂くようにさせて頂きました。そういう意味で、この書籍は各執筆者の方々の成果なのです。

この書籍の出発点は、エヌ・ティー・エス社の「生物の科学 遺伝」で2010年に出させていただいた特集「動物行動の遺伝的基盤を解き明かす」にあります。そういうご縁か、この雑誌の2012年の1月号には森脇和郎先生になんと見開き2ページにわたる詳細な書評を書いていただきました。ここでは詳細は触れませんが、本当に的確なご指摘がたくさんあり、頭の下がる思いでした。その冒頭で言われているように、この書籍は行動遺伝学の分野のモノグラフとしてまとめてあるものなのです。

まだ研究分野になじみの無い人が最初にその分野の全体像を知る上では、このようなスタイルはありがたいものだと思います。私が昔(25年前)東横線自由が丘…

遅ればせながら・・・

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今更という気もしますが、遅ればせながらブログを始めることにしました。なぜ始めたかといえば、今日本が置かれている状況が影響しています。2011年の東日本大震災は日本人の心に大きなダメージを与えたと思います。村上春樹さんはカタルーニャ国際賞の受賞スピーチの中で、福島原子力発電所の事故に触れて、その事故の責任の一端として「効率」という表面的な便宜の前に黙してしまった私たち自身の責任を指摘しています。いつのまにか私たちは大事な道筋を見失ってしまったと・・・。

同様の気持ちは多くの人が震災後に持つようになったのではないでしょうか?今回のことは、世の中のさまざまなことに対して黙してメッセージを発することをやめてしまうことも罪になることを改めて思い知らせてくれた気がします。私自身は行動遺伝学を研究していますが、毎日研究に関わっていく上で、あるいは普通に日常生活を送ってゆく上で、思ったことをゆっくりとでもメッセージとして発することは重要なことではないかと思い始めたのです。




私は最近、ことあるごとに夢を語ることが重要だと言っています。 それは、「語る」ことで単に思い描いているだけの夢でも、それに向かう実際の行動を起こすための動機づけになるからです。でも、見た夢を自分の中に閉じ込めているだけでは、自分の中で「表面的な便宜」が暴走することを許すことになりかねません。私はネズミの研究者ですから、そのネズミの研究者としてみた夢をゆっくりとですがメッセージとして発してゆきたいと思います。もし気が向けば、時々私のメッセージをのぞいてみてください。