辛さを感じるネズミと感じないネズミ

カレーレストランの中にはその辛さにランクをつけているところがよくあります。チェーン店にもありますね。その中でどれにしようか悩んだことはありませんか?あるいは、思わず辛すぎるものを選んでしまい、味も分からないほど苦しい思いをしたことはないでしょうか?一方で、超激辛と称されるカレーを平気で食べる人もいます。そう、辛さの感受性にも個人差があるのです。子供から大人になるにつれてカレーなど辛いものを食べる機会が増えてきます。そのような経験により、だんだん辛さに慣れてきます。でも、ある程度以上は慣れることはできません。たとえば、もしあなたが料理に入った鷹の爪を食べてすでに辛くて汗が噴き出ているようなら、ハバネロのたくさん入った激辛料理を試してみようなんて思わない方がいいでしょう。辛さに対する感受性は生まれつきある程度決まっているもので、慣れでどうこうできるものでもないのです。以前、韓国の学会に招待されて訪問した際に、現地の人とトウガラシに関する感受性の個人差について話題になったことがあります。韓国では、トウガラシの入った料理がかなりありますが、人によってはそのような辛い料理を全く食べることができない人も結構いるらしいのです。やはり慣れで辛いものが平気になるわけでもないのです。ちなみに私のトウガラシに対する感受性は”人並み”です。


サン・アントニオで購入したトウガラシのポスター


トウガラシの辛みの成分はカプサイシンというアルカロイドの一種です。実はマウスを使って、このカプサイシンに対する感受性を調べることができます。用いる器具は、以前苦味感受性で紹介したものと同じものを用います。マウスが昼間眠る時間帯には普通の水を飲めるようにしますが、夜間の活動期にはカプサイシンの入った水だけ飲めるようにします。低濃度のカプサイシン溶液からはじめて、毎日濃度をあげていきます。そうすると、カプサイシンに対する感受性の高いマウスは、濃度が上がるにしたがって急速に溶液を飲まなくなります。一方で、感受性の低いマウスは、高い濃度のカプサイシン溶液でも飲むことができます。このような感受性の違いには、はっきりと系統差があるのです。一般にヨーロッパ由来のマウスは、カプサイシンに対する感受性が高い傾向にあります。その一方で、アジア由来のマウスは、そのカプサイシンをよく飲む傾向がみられます。特に韓国由来のマウスはカプサイシン感受性が低いのです。このようなマウスに見られる傾向は、人の食文化の中でトウガラシがどのように使われているかという傾向と一致しているように見受けられて、とても興味深いものがあります。まさかハツカネズミが食物倉庫の中にあるトウガラシを食べることで、自然淘汰上有利に働くとは考えにくいですが、なぜなのでしょうか?

以前紹介した苦味は、植物に含まれる毒性のある物質を、動物がいち早く認識するという点で生存上重要な意味を持っています。つまり、動物側が苦味を認識することで毒物を含む植物を摂取しないようにして自身を守っているのです。一方で辛みは、植物側が動物にとって不愉快な辛み刺激をその成分として含むことで、植物自身を防御しているのです。この辛みは、通常の濃度であれば動物にとって毒ではないので、摂取することが特に生存上影響を与えることはありません。単に動物が不愉快な思いをするだけです。このように考えると、苦味知覚は動物にとって不可欠で、辛みは一部の植物にとって必要であり動物にとってはそれほど必要性のない味覚になります。もしそうだとすると、ハツカネズミがユーラシア大陸を東へと移動しつつ進化してくる過程で、特に必要としない辛みに対する感受性を失ってきたということも考えられます。

しかし、この辛み感受性はなぜ多くの動物に共通してあるのでしょうか?
カプサイシンは、TRPV1と呼ばれる細胞膜上にある受容体で認識され、その刺激が伝達されます。実はこのTRPV1は中程度の熱に対する受容体でもあります。おおよそ43度以上の温度ですから、その温度によっては皆さんがお茶を飲む際に「熱い!」と感じる温度に対応します。そう、辛いものを食べた際に熱いと感じるのは当然なのです。同じ受容体が刺激を受け取っているのですから。もちろん、このような中程度の熱刺激に対する感受性は、動物が生存する上でも重要な意味をもっています。そのように考えると、一部の植物はカプサイシンというアルカロイドを作り出して、動物にとって必要な温度センサーを刺激することで、忌避反応をおこさせるように進化したとも考えられます。

さて、韓国産のネズミはやはり熱に対する感受性も鈍いことがわかっています。このように、カプサイシンや熱に対する感受性が低いのはこのTRPV1がうまく働かないからだと思われるかもしれませんが、この受容体は実は正常です。この受容体がカプサイシンを認識したあとのみちすじに異常があるのです。その遺伝子については、複数の遺伝子が関与していることまでは分かっていますが、それ以上はまだ明らかになっていません。現在、この辛みに関する研究は休止中ですが、いつかまた再開したいと思っています。

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