味覚の個人差

味覚には甘味、塩味、酸味、うま味、苦味の五元味があることが知られています。日本人は味覚に敏感だと言われますが、それは日本食には「だし」にこだわった料理が多いため多くの人がうま味に敏感だからでしょう。うま味を楽しむためにはどうしても甘味や塩味を控える必要があります。そのためれらの味がバランスよく料理に使われており、どの味に対しても感覚が鋭くなっているのだと思います。よく海外で食事をする際に、甘味や塩味が濃いため味が台無しになっていることがあるのは、旨味に対するこだわりが少ないために生じるのです。この五元味の中で、「苦味」だけは本来楽しむ味ではなく食べてはいけないものをいち早く知るための危険信号です。そのため、どのような苦味でも豊かな味わいというよは比較的単純な味としてストレートに感じることが多くあります。つまり、嫌な苦味の強さとして感じることが多いのです。でも人間は食に対して本当に貪欲です。このような、食べてはいけないものに対する危険信号である苦味でさえも楽しもうとするのですから。食の中には苦味を楽しむものもあります。さんまやさざえのワタ、それにコーヒーや緑茶もそうです。それに夏の食材、ゴーヤも苦いですね。でもいずれにしても比較的苦味は抑えて味わいを楽しむものが多いようです。

この味覚について、マウスを用いてそれに対する感受性を調べることができます。実験としては苦味物質を水に溶かした水溶液を準備し、水と苦味水とのどちらをどれだけ飲んだか、その割合で調べるのです。このときに使用する苦味水は特定の物質を用いて作ります。苦味を受け取って認識する受容体はマウスで36種類もあり、どの苦味物質をどの苦味受容体が受け取るかということはあらかじめ決まっているのです。私たちは、スクロースオクタアセテートという苦味物質を用いています。これは甘味物質のショ糖がアセチル化という修飾を受けて苦味物質に変化したものです。この苦味物質は、さまざまなマウスの系統を調べてみると、いやな苦味として感じるマウス系統と全く感じない系統がいるのです。わたしたちのところでは、この苦味の遺伝子を調べています。もう少し調べていくと、どのようにして苦味に対する感受性の違いが生じるかわかるようになると思います。



苦味に対する感受性のテスト用の器具 このボトルを2本使い、水と苦味水との飲水量を比較します

ところで、最初にふれたように、苦味はその動物が食べてはいけない危険なものを認識するための最後の砦です。まず食べ物に遭遇すると動物はその食べ物を観察します。なじみのある食べ物かどうか、変なものがついていないかなどの情報を得ます。次ににおいをかいでどの食べ物か、腐敗はしていなかなどを判断します。そのうえで、食べる意志があれば口にするでしょう。しかし、もしその食べ物に身体にとって毒になるようなものが含まれている場合には、すぐに吐き出す必要があります。食べられない植物などには、しばしば苦い味の有毒な成分が含まれていることがありますから、このように苦味を認識するということは野生の動物にとってはとても重要なことなのです。たくさんある苦味物質の中のただ一つのものと言っても、やはり苦味に対するセンサーは動物にとって重要なものであるはずです。それに対する感受性が低いというのはどうしてでしょうか?ひとたび人に飼育されるようになった動物は、食べ物を人からもらうため、自分で危険なものかどうか判断する必要が少なくなります。そのため、苦味に対する感受性が一部下がっても生存上大きな問題はなかったのかもしれません。

そういえば、昔中学生の時だったか、自分たち生徒がフェニルチオカルバミド(PTC)の苦味に対する感受性があるかどうか、授業で調べました。確かにそれを苦いと感じる生徒と感じない生徒がいたと思います。このフェニルチオカルバミドも野菜にごく微妙に含まれており、それが好き嫌いの個人差にも影響しているかもしれないそうです。ネズミの場合はどうなのか興味がわいてきます。

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