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幸せをよぶ新幹線

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2025年2月28日のお昼休みの時間帯にドクターイエローが通ると聞き、見に行きました。私はマニアではありませんが、出張などで新幹線を使うことは多くありますし、飛行機よりも新幹線の方が好きです。にもかかわらずこれまで一度もドクターイエローを見たことはありませんでした。もうすぐドクターイエローは引退するということは聞いていましたが、後で調べてみると、実はこの日がT4編成車両での下り線でのラストランでした。新幹線が良く見えるところに行くと、通過時間の10分ほど前にも関わらずすでに多くの人が集まっていました。 いくつかの新幹線の通過を見送った後、教えられた時間がやってきました。トンネルの中から新幹線が出てきました。鮮やかな黄色の車両です。いくつか写真を撮影することができましたが、ドクターイエローは警笛を鳴らしながらあっという間に過ぎ去っていきました。見学に来ていた人たちは警笛を鳴らしてくれたことを喜んでいました。 ドクターイエローT4のラストラン ドクターイエローを見ると幸せになるといいます。行動遺伝学者のフランシス・ゴールトンは、疫学的研究を行い、「国王万歳!」と言われることにより寿命は長くなるか?ということを疫学的に調査して実際には何も効果がないということを結論づけています。ただ、国王はそう言われて気持ち良かったのかもしれません。 おそらく「ドクターイエローを見ると幸せになる」ということも実際に効果があるかどうかは疑問です。ただ、間違いなく見た後はなんだか幸せな気持ちになっていたのは事実です。ありがとうドクターイエローと言いたくなりました。

キツネの子育て

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 私の探鳥のフィールドは富士山周辺です。ですが、4月上旬はどうも鳥が少なく成果が上がりません。昨日の4月9日にも晴天の中富士山の方に探鳥に行きました。標高は700メートルほどでしょうか。 いつもはホオジロがいる所へ行ってみましたが、まったくいないようです。いるのかいないのか、私は難聴が進みホオジロの声も聴き取れなくなっているので、あまり分かりません。ですが、見えないのだからいないのでしょう。 他の鳥はいないか探して歩いていると、なんだか不思議な声がします。鳥の地鳴きのようにも思えますが、規則性がありません。声のする方向にゆっくり歩いていくとそこにいるのはキツネでした。それほど距離はなく、15メートル程度ですが、こちらが枯れた草の背後にいるため、キツネはまだこちらに気づいていないようです。 キツネの親が周りを警戒していますが、子供が2匹いるようです。全体を見ることができないので、子供の全貌をうまく見ることができません。背後には石を積み上げたところがあるので、どうもその石の隙間の穴を巣にしているようです。親と子が何かを食べているようですが、うまく見ることができません。子供が餌を食べているのをおそらく母親が補助しているようです。 大きさから推測すると、子供はこの冬に生まれた個体で、生後2-3か月程度でしょうか?おそらく春になりようやく巣穴の外に出始めたのだろうと思います。私がカメラで撮影しようと少し場所を移動すると親に見つかったようです。当たり前ですが親はずいぶん警戒しています。それでも子供に巣穴に入るようすぐには指示していないので、こちらの様子を見ているのでしょう。あまり邪魔をしないよう、そっとその場を後にしました。 警戒する母ギツネ 富士山では、様々な哺乳類をみることができます。これまでも、イタチ、タヌキ、オコジョ、二ホンジカ、などなどです。キツネは食物連鎖の上位にいると思いますが、生存競争はどの程度厳しいのでしょう?温暖化の影響で、生息域にも変化が生じていると思いますが、増えているのか、減っているのか、探鳥をしながらこうした動物たちも注意してみていこうと思います。

自然豊かな浮島ヶ原

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富士市と沼津市にまたがる湿地は浮島ヶ原と呼ばれ、古くから広大な湿地帯として知られていました。現在は、農耕地の開発が進み、広大な田畑が広がる中に、一部ヨシ原が残っています。多くの場所は農耕地となっているため、一般にみられる農地の風景とそれほど大きな違いは感じません。ところが、この地域の中で鳥を探すと驚くような鳥たちに出会うことができます。 この冬から見つけた珍しい鳥だけでも、タゲリ、ムナグロ、アオアシシギなどに出会うことができました。 また、ヨシ原の中ではサンカノゴイも見ることができました。これはいまだにヨシ原が残るこの場所だからこそみられるものです。 餌を探して歩くサンカノゴイ 猛禽類にも出会うことができます。冬には、ハヤブサ、ノスリ、チョウゲンボウなどを普通に見ることができます。こうした猛禽類が豊富にみられるのも広大な農地が広がる場所だからこそだと言えるでしょう。 先日鳥を見に訪れた際には、ヒクイナやタマシギも見ることができました。 昨日また鳥を探しに行きましたが、残念ながら珍しい鳥は見つけることができませんでした。ところが、車から100メートルほど離れた水田のところに大きな牡しかが悠々と歩いていました。いくら自然が豊かでも、これは農家の方たちも困ることでしょう。少し心配になりました。 浮島ヶ原は富士市や沼津市が国内のみならず世界的にも誇ることができる素晴らしい湿地地帯だと言えるでしょう。

オオジシギの理由なき反抗

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繁殖期になると動物たちはより華やかになります。 婚姻色という言葉があるように、動物たちは鮮やかな色彩に変化します。庭にある睡蓮鉢の中のメダカでさえも産卵する5月になると色彩が鮮やかになります。鳥はよりわかりやすいでしょう。 キジのオスは繁殖期の春には顔の赤い色がより分かりやすくなります。広い農地に行くと田畑でケーン ケーンという鳴き声がよく聞こえます。あちらでもこちらでも鳴いているので、それぞれ縄張りを主張しているようです。時におそらく縄張りに侵入した他のオスがいるのでしょう。オス同士が向かい合って飛びはねながら争っている姿も見ることができます。ひらりと飛び上がっては相手に攻撃を仕掛ける姿は激しいものの優雅でもあります。さすがは国鳥に指定された鳥です。 先日の5月中旬に、富士山でオオジシギを見ました。朝の6時半ころに須山の近くに行きました。日が昇るのが早くなってきているのでその時刻にはすでに太陽も高くなっています。草原の向こうから普通では鳥と思えないような、カエルのような鳴き声が聞こえてきます。少し待っていると、鳥が飛び立ちました。富士山を背景にして空を大きく回って視界から消えていきます。やがて、「ツビーク ツビーク」という声が聞こえて戻ってきました。再び視界に現れたオオジシギは上空から「ゴゴゴゴッ」という音を響かせながら急降下をします。地面の手前で角度を変えて少し離れた場所に着地します。今度は別の個体が同じように飛び立ちます。 ディスプレイフライトの後のオオジシギ これはディスプレイフライトと呼ばれる行動です。はるかオーストラリアからわたってきたこのオオジシギたちは、繁殖のためにこのフライトをすると言われています。メスに見せて気をひくのでしょうが、別のオスに対して「どうだっ!」という意味もあるのかもしれません。 このディスプレイフライトを見ながら、昔見た「理由なき反抗」という映画を思い出しました。親に反抗を繰り返す主人公のジェームス ディーンが扮する少年ジムが不良相手にチキンレースをするのです。何かに怒りをかかえた若者二人がお互い争い、それぞれ盗んだ車で崖にノーブレーキで向かっていきます。どちらが先に怖くなりブレーキをかけるか争うのです。ナタリーウッドが扮する少女が見守る中、競争をした2台の車は共に崖から落ちていきますが、ジムは崖の手前で車から飛び降り命が助かりま...

サギたちも自己家畜化?

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私が研究している家畜化はとても興味深い現象です。 動物が自然界で生存していく上で家畜化は不要なものだと思われるでしょう。実際、家畜化されたニワトリやウサギなどの動物が人里離れた野に放たれれば早い段階で捕食者の餌食になるに違いありません。したがって、家畜化と自然界での生存競争とは対極にあると考えられがちです。 しかし、本当にそうでしょうか?家畜化とは動物が同一種ではない人などの他種に生存するための餌や住みかなどを委ねることです。そのために、家畜化が進んだ動物たちは人などの他種の動物に高い社会性を示すようになります。人と犬の関係が良い例です。犬たちは人と同じグループの一員であるように生活をするようになります。この他種の動物に対する社会性の向上が家畜化の重要な要素となるのです。 一方、家畜を支配しているはずの人も行動がおかしくなってきています。多くの人はイヌやネコを自宅で飼っていますが、まるで家族と同様、いや家族以上の関係で飼っている人が多くいます。ペットを家族のように名前で呼び、まるで自分の子供に対するように話しかけ、多くの時間をペットと共に過ごし、「ペットに癒される」などと言っています。ペットが死んでしまうとペットロスでつらい日々が続きます。(これは私も経験があるのであまり言えません。)実は人も他種の動物に対して高い社会性を示すようになっているのです。 人は自己家畜化されることで高い社会性を身に着けたといわれています。それにより、他者に対する共感ができるようになり、他人を助けることもできるように進化してきたのです。 先日、サギが群れて巣を作っている木を見つけました。 サギの群れる木 よく見ると、その木にはゴイサギ、アオサギ、ダイサギ、コサギなどが群れて巣をつくっています。別種であるにも関わらず、巣が近すぎます。しかも、様々な鳴き声が混じってずいぶん賑やかです。巣作りと育雛という、種の維持に不可欠なイベントを過ごすにしては他種に対して親和性が高すぎます。このような他種への高い親和性は家畜化のサインでもあります。もしかするとサギたちも自己家畜化が進んだ鳥なのかもしれません。そういえば、農家の人がトラクターで田畑を耕す際に平気で人の近くにいる姿も見たことがあります。「サギの群れる木」を見てなんだか楽しくなってきたのでした。

南から北へ ふもとから上へ

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 桜の季節も終わりになりました。遺伝研の構内は早咲きの熱海桜や河津桜に始まり、オオシマザクラ、染井吉野など次々と咲き、最後に各種の八重桜が咲いていきました。次々と咲く桜の花はずいぶん人々の目を楽しませてくれました。このように、桜の種類によって開花の時期が異なり、同じ構内でも時期をずらして花を咲かせていきます。 日本中で広く植えられている染井吉野は接ぎ木により増殖した遺伝的に同じクローンですが、日本列島の南から北へと時期をずらしながら開花していきます。いわゆる桜前線というものです。この時期には日本の地域によって気温が違うことを改めて感じさせてくれることになります。 この季節、桜の開花は北上するだけではありません。山の上へと昇ってもいくのです。三島は海からそれほど離れていませんが、少し足を延ばすと富士の山に行くことができます。裾野から上がっていくと4月の終わりでも富士山の中腹では桜が開花しています。マメザクラの群生です。小さな花をたくさんつけるマメザクラも桜の中で見ごたえのある桜といえるでしょう。 鳥たちも大きな変化を見せてくれます。冬鳥は北へとすでに旅立ちました。自宅に現れては水浴びをしていたジョウビタキもいつのまにか姿を見せなくなりました。それと入れ替わるように、冬を温暖な地で過ごした鳥たちが夏鳥としてやってきました。鳥たちも南から北上するだけではありません。麓から高山へと自分の好みの気温の場所を探して夏を過ごします。 富士の山も1000メートルを超えるあたりではオオルリが高らかに鳴き始めました。マメザクラの枝から枝へと飛び回る姿も見ることができます。少しまだ肌寒いこの場所が好きなのかな と思うのでした。

巣作りの季節

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 マウスの雌は数匹から十匹程度までの仔を一度に産みます。その後仔育てをしますが、仔育て上手な雌もいればそれほど上手でない雌もいます。マウスの場合、仔育ての上手でない場合はすぐに仔の死に結び付くので、非常に重要な行動であるといえます。 マウスの系統の中には、仔育ての上手な系統もいればあまり上手でない系統もいます。この子育ての上手・下手はある行動実験である程度分かります。それは、巣作り行動です。 綿を固めた素材が販売されているのですが、それを入れておくと巣作りの上手なマウスはうまく綿をほぐしてきれいな鉢のような巣を作り上げます。一方、巣作りの苦手な個体は、うまくほぐすことができず、巣も盛り上がった状態のものになりません。このような巣作りは、メスが「これから仔育てをするぞ」という気持ちにどれだけなっているか表しているのかもしれません。そういう意味でも、巣作りは研究対象としても興味深い行動です。 季節はすっかり春になりました。家の庭には鳥がよくやってきます。冬の間、水浴びやえさをついばみにやってきていた鳥たちが、春になるとだいぶ行動が変わってきます。もちろんえさを探している鳥もいるのですが、求愛の鳴きあいも増えてきました。家の外ではイソヒヨドリのさえずりがうるさいほどです。 先日庭の芝生にシジュウカラが下りていました。でも少し様子が変です。口に白いひげが生えているようです。 ヒゲのシジュウカラ よく見ると、なんだか白いものをくわえているのでした。その白いものは、つい一時間ほど前に、私が愛犬のモンを散歩に連れて行って戻ってからブラッシングをして抜けた毛を芝生の上に残していたものでした。そんな獣臭のするもので平気なの?と少し驚きましたが、シジュウカラはなんだかとてもうれしそうに見えて、やがて家の裏手の方に向かって飛んでいったのでした。おそらく巣材につかうのでしょう。犬の匂いはするかもしれませんが、冬の間モンを寒さから守ってきたアンダーコートです。きっと暖かい巣ができると思います。 つい数日前にはいつも庭の水場で水を飲んだり水浴びをしているイソヒヨドリの雌がなにか盛んに動き回っていました。よく見ると、その数日前に新しくゼラニウムを植えたハンギングバスケットからシュロの繊維をぬきとっているようです。バスケットの外側からむしり取るのではなく、土からはみ出している繊維を一本ずつ...

バーダーの観察

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 新型コロナが一年前から世界中の生活を変えてしまいました。 ちょうど昨年のガーナへの出張後に新型コロナの問題が報道され始め、2020年4月には1回目の緊急事態宣言が発出されて、巣ごもりやソーシャルディスタンスなどの言葉が身近なものとなっています。数年前から双眼鏡を買い替えるなど、鳥の観察を再開しているのですが、この新型コロナ禍の中で、家族で探鳥に行くことが増えました。 冬は寒くてつらいのですが、探鳥にはもってこいの季節です。落葉樹は葉を落としているため遠くの木まで見通すことができます。鳥が移動すれば見つけやすい季節です。また、食べ物も限られるため、鳥たちは一生懸命にえさを探しています。晴れた日には鳥が活動的なのです。 冬になりえさを盛んに探していた鳥たちが、2月に入ると少し様子が変わってきた気がします。心なしかメスとオスのコミュニケーションが増えてきているように思うのです。先日は、富士市の浮島沼でコガモのオスがぴゅーぴゅーと泣き始めました。メスは少し濁った声でジェージェーと返事をしています。オスは冬の間にすっかりきれいな羽の色に変わっています。厳しかった冬がようやく終わりつつあることが鳥を見ているとよくわかります。雄雌の活動が活発になってきているようです。 コガモのペア 今日は富士山麓の十里木で探鳥をしました。2羽のアカゲラが楽しそうにもつれ合いながら飛び回り、それでもえさを盛んについばんでいました。 アカゲラのペア 鳥たちの活動を見ていると、春がそこまで来ていることがよくわかります。今年の冬は少し厳しかったように思いますが、それでもしっかり春は来るのです。私たちの生活も早く元に戻るとよいと思います。

うみ

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ガーナでの仕事の合間に海に行きました。 Labadi Beach アクラから車で20分ほどでしょうか、少し行くとすぐに海に到着します。ラバディビーチというところで、海岸線は主にリゾートホテルが占めていますが、部分的に一般の人々が有料でビーチに入ることができます。今回、ガーナの海を見てみたいと共同研究者にお願いして週末に連れてきてもらったのです。  車から降りると磯の香りがします。その香りは伊豆の海岸とそれほど違いはありません。入場料を支払ってビーチに降りるとどこまでも続く海岸線が見えます。程よく立ち上がっては海岸線で砕け落ちる波があり、多くの人たちが波と戯れていますが不思議とサーフィンは見えません。泳いでいる人もいないのでもしかすると離岸流があるのかもしれません。  靴を脱いでさらに靴下も脱いではだしでビーチを歩きました。一面砂浜になり、細かな砂に波がかかりしっかりとしまったビーチを歩くととても気持ちよく感じました。  ビーチから海を見るとどこまでも何もありません。沖の方に漁師の船が見えるだけです。このガーナの南にはこの先南極まで何もないはずです。そう思うととても不思議な気がします。  日本は海に囲まれています。三島の近くには駿河湾や相模湾、さらにその先は広い太平洋があります。私が生まれ育った愛媛には九州との間に横たわる豊後水道やリアス式海岸、松山の沖の瀬戸内海があります。海はどこへ行っても同じ海ですし、同じような磯の香りがしますが、二つとして同じような海を見たことがありません。伊豆の先に横たわる太平洋とガーナの沖の大西洋もずいぶん異なる顔を見せています。どこも同じ海なのに同じ顔の海がない。なぜだかとても不思議な気がするのです。

ガーナで気候変動を思う

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アフリカの大型げっ歯類について共同研究を進めるためにガーナに来ています。 幸いにも科研費の支援を受けることができ、今後6年間共同研究を進めることになりました。この研究の話はまた後日報告させていただく機会があればと思っていますが、今回は気候のことについて触れたいと思います。 ガーナに来るのはこれで2回目です。前回は2018年の12月に来ており、今回は2020年の1月です。約1年ぶりになります。前回来た際にはハマタン(砂嵐)の始まりの季節だと聞いており、砂っぽいなあと思いながらも割と普通に過ごしていました。しかし、今回は空港から外に出たとたんにびっくりです。まるで街全体が黄色い濃霧かあるいは煙でおおわれているようで、少し前に風邪を引いたこともあり息を吸い込むといきなりせき込んでしまいました。実はこれが本当のハマタンのようです。 滞在二日目の今日はアクラから車で小一時間ほど移動した郊外の大学付属農場で実験を行いました。移動中は車の中にいますが、窓から見る景色は空気さえも黄色に見え太陽はかすんでまるで月のように肉眼で直視することができます。 車のラジオからはBBCニュースでオーストラリアで大規模な火災が続いていることを話しています。共同研究者のクリスに話を聞くと、ガーナでも地球温暖化の影響か、気候が不安定になり、あり得ない時期に大雨があったり乾燥したりと激しい天候になることが増えているそうです。日本も確実に気候が変わりつつあります。ガーナではとても極端な気候を見ることができるように思いますが、地球の悲鳴に目を向けないといけないと改めて思うのでした。

遺伝研のさくら

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さくらの季節になってきました。早咲きの河津桜などは美しいい花を咲かせ、すでに満開の時期を過ぎてしまいました。やがて染井吉野も開花を始める季節になります。このたび、『生物の科学 遺伝』という雑誌でサクラに関する特集「サクラ研究の新展開」を担当しました。大きな書店ではすでに販売されているでしょう。 遺伝研構内の河津桜(2019年2月) 私の研究をご存知の方は「ネズミの研究者がサクラの特集??」と不思議に思われるかもしれません。私も不思議です。これには深い理由があるのです。 遺伝研はたくさんのサクラの品種を有することで有名な研究所です。なんと約220種類、約500本の桜の木が構内にあります。これだけたくさんのサクラがあるのはなぜでしょう。 1949年の遺伝研設立後に、遺伝研構内に国内の有名なサクラの木が集められて植えられるようになりました。1952年に46種類、1960年代にはすでに200種類以上集められていたそうです。このようなサクラの収集に大きな貢献をされたのが染井吉野がエドヒガンとオオシマザクラの雑種であるということを発見された竹中要(たけなか よう)先生です。しかし、1966年に竹中先生が逝去されると、誰も研究に使うことがなくなってしまいまい、それから数十年もたつとサクラの維持や管理も難しい状況になってきたのです。 そこで、2015年に「 遺伝研さくらの会 」というボランティアグループを立ち上げて所内のサクラの維持や管理に貢献することになりました。その会のお世話を立ち上げの時からしている関係で、今回サクラに関する特集の担当をしてもらえないかというお話をいただいたのです。会のお世話をしているとは言っても私はサクラの専門家でもありませんし、それほど詳しくなったわけでもありません。特集の担当はさすがに荷が重いかなとは思いましたが、多くの方のご協力を頂き、今回なんとか無事に特集を出すことができました。今となっては、この特集を組むことをきっかけに、遺伝研のさくらの歴史を改めて知ることができましたし、その価値も再認識することができました。結果としてお引き受けしてよかったと思っています。 これから桜の季節になります。ぜひ「生物の科学 遺伝」を手に取ってサクラを楽しんでください。

うるさくて近い?

今年もウィンタースポーツの話題を耳にするようになりました。スピードスケートも行われていますが、やはりフィギュアスケートは人気があります。 女子のフィギュアスケートではロシアのメドベデワ選手があまりにもすばらしくていつも見るのを楽しみにしています。彼女の演技はスポーツというよりはまるで短いミュージカルでも観ているような、優れた芸術に触れているような感じがします。 メドベデワ選手の昨年のフリー演技のプログラムは"Extremely Loud & Incredibly Close"という曲でした。印象的なピアノの音といいとても良い音楽で、少し物悲しい旋律が心の中に強く残ります。彼女の演技は幸せそうに恋人を家から送り出すところで始まりますが、その曲の印象から見ている人に少し不安を抱かせます。そして最後は突然かかってきた電話を受けてその受話器を手から落とすところで突然演技が終わります。その最初と最後の彼女の表情は対極的で演技とも思えないような感動をもたらします。 演技の際のアナウンサーによる解説では、"Extremely Loud & Incredibly Close"は同名のタイトルの映画の中で使われた曲だということでしたが、私はその映画を観たことがないままメドベデワの演技を見ていました。 最近機会があり、映画を観ることができました。内容はメドベデワの演技で予想していたストーリーとは全く違ったものでした。そのことでも、メドベデワ自身とその振付師の演技の作り方に関心しました。おそらく局の印象から新たなストーリーを作ったのでしょう。 さて、映画はニューヨークの同時多発テロで父親を亡くした少年を中心にした物語でした。アスペルガー症候群を持つ少年が父親が亡くなったことで苦しみ続けるのですが、それでも父親に出されていた課題を解決するために自ら行動をするのです。 この時のアスペルガーの少年が持つ心の苦しみとそれを見守る母親と周囲の人たちの行動は、この映画のタイトルであらわされるように、重要な意味をもつものです。この映画をみると、アスペルガーや自閉症スペクトラム障害などを抱える子供たちの心が抱える問題の一端を表しているように思います。周囲の人も、この映画に出てくる人たちのように振舞えるといいのでしょうが、実際...

セミの貢献

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私の頭の中ではいつもセミが鳴いています。おそらく耳鳴りというものでしょう。夏になるとセミの鳴き声なのか耳鳴りなのかわからなくなってきます。 いいのか悪いのか、家には小さな庭があり、そこがセミの格好の繁殖地になっています。夏の間にいったいどれだけのセミが羽化するでしょうか?夏の初めのころはなぜか羽化に失敗したセミが多くみられますが、ピークになるといたるところで羽化した抜け殻がみられます。 それと同時に命の最後の時期を迎えたりあるいは命を使い果たしたセミもよく転がっています。触ると最後の力を振り絞って騒ぎ立てるセミはおなじみのものでしょう。 うちのモンはどうもセミが好物なようです。散歩のとき、玄関から庭にでるとき、案外セミを食べる機会は多くあります。こちらが油断すると結構な頻度で食べてしまいます。モンは野犬だった時もあるので、セミを食べて栄養を取っていたこともあるのでしょうか?あるいは食べ物を得る機会に対しては貪欲なのでしょうか? この週末には箱根を散歩しました。散歩の途中でアブラゼミがほぼ外殻だけになり、空洞の腹部をみせている死骸に出くわしました。それをアシナガバチが執拗に食べていました。きれいに食べ終わった料理のお皿をさらにきれいに平らげるように、アシナガバチは最後の身を食べていたのです。モンの食に対する欲求を満たしているセミはアシナガバチの生存にも貢献しているのです。 更に歩くとヒグラシがたまたま身体に止まりました。鳴いていても静寂を感じるヒグラシは大好きです。これが私の頭の中で鳴いてくれればいいのに、と思いながら、モンに食べられないように離れたところに逃がしてやりました。カナカナカナ・・・と頭の中で聞こえたような気がしました。

モン、しあわせかい?

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動物の行動や性格は、遺伝と環境の両方が関わっているといわれています。私たちが研究で用いているマウスでも、遺伝による影響と環境による影響の両方が重要な役割を果たしていることをこれまでに示してきました。 モンがわが家にやってきて2週間がたちました。最初は見慣れない環境の中で不安そうにしていました。わたしたち家族のものが少しでも動くと即座に立ち上がり、不安そうにこちらを見ていました。他の部屋へ行こうとすれば、「どこへいくのですか?」とでもいいたそうな顔をしていました。しかし、1週間一緒に生活をすると顔つきも随分穏やかになり、日がたつにしたがって顔から緊張の色が消えていきました。2週目に入ると、もともとモンが持っている性格や行動がよりはっきりと見られるようになってきました。 モンはもともと鳥猟犬だったようで、他の犬と一緒に山に捨てられてやせ細っていたところを保護されました。その後、そうした保護された狩猟犬を受け入れて家庭犬になれるように体調管理やしつけをしつつ里親を探す活動をしている団体(CACI)を通してわが家にやってきました。つまり、それ以外はモンがこれまでどのような生活をしていたのか分からないのです。腹部に一発の散弾銃の玉が入っていること、最終的には山に捨てられていたことから、ひどい扱いを受けていたのではないかと思います。そう思うと、なおさらモンにしっかりと愛情を注ぎたいと思います。 部屋の中で身体を撫でてやるととても安心できるようです。いつまでも撫でてほしいようで、やめるともっと撫でてほしそうなそぶりを見せます。でも、近づきすぎると少し距離を取ろうとします。本来、とても人なつこい性格なのですが、扱いが少し違っていたのでしょう。外でも家の中でも呼び戻しはとてもよくできます。̪̪口笛で呼び戻しが簡単にできるので、もともとの飼い主が口笛で呼び戻しをしていたのかもしれません。座ることもよくできますが、待つことはあまり得意ではありません。それでもトレーニングを繰り返すうちにだいぶできるようになってきました。コマンドに従って伏せることは全く経験がなさそうです。そもそも伏せることがあまり好きではないのか、なかなか覚えるのは難しそうです。散歩は基本的に自由に歩きたいようです。人の横について歩くトレーニングは受けていないようです。なぜだかわかりませんが、毎日夕方になるとと...

モンがやってきた

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ついにわが家に新しいワンちゃんがやってきました。 チェルシーがいなくなってちょうど3か月、チェルシーじゃなきゃこの心の寂しさは癒されないだろうと思っていましたが、だんだん新しいワンちゃんを迎えたい気持ちが強くなってきていました。今回は、捨てられて?飼い主がいなくなっていた犬を保護して里親を探す活動をされている団体の方たちからワンちゃんをわが家に迎えることになりました。新たに家族となったワンちゃんは6歳程度、立派な大人のワンちゃんです。おそらくこれまでにさまざまな経験をしてきたでしょう。捨てられて、保護された際にはとてもやつれていたということなので、さぞかし苦しい思いをしたこともあるでしょう。うちに来てからまだ少し不安そうにも見えてくつろいでいるようには見えません。私たちが別の部屋へ行くことがとても不安そうです。それでも昨日よりは随分落ち着いてきました。少しでも早くここが安心できる場所でずっといることができるんだと分かってくれることを願っています。 名前はモンちゃん、きれいな顔で、横顔はなんだかネバーエンディングストーリーのようです。 これからよろしく モン!

動物の飼育の仕方で個性は変わるでしょうか

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行動遺伝学では、性格や行動には遺伝と環境の両方が重要な役割を果たしているといわれています。大雑把にいうと、ほぼ半分は遺伝で残り半分は環境が関わっているといわれているのです。 しかし、これは集団全体を見た時の割合であって、それぞれの個体で必ずしも遺伝と環境が半々というわけではありません。たとえば、いつも多くの天敵が存在する厳しい生存競争の中で生活している動物は、周囲を常に警戒する臆病(おくびょう)な性格になるでしょうし、まったく天敵のいない楽園のような場所で生活する動物はおっとりした動物になるでしょう。こうした集団間での違いは生息している環境が性格に大きく影響したから生じたと言えるでしょう。 一方、家畜の飼育施設、たとえば養鶏場のような均一の飼育施設内で飼育されているニワトリでさえも顕著な個体差、性格の違いがみられることが一般的です。このような性格の個体差はもともと持っている遺伝的な違いが個体差を生み出したと考えられます。 このように、環境が均一だとより遺伝の影響が顕著に見えてきますし、環境が大きく異なれば遺伝よりも環境の影響がより強調されるでしょう。 私の家で飼育しているアカミミガメは、すでに10歳をはるかに超えていますが、まだまだ元気です。ここ数年は水槽を洗う際に庭に離すと私の周囲にまとわりついてきます。さらに甲羅から出した首の下を撫でると気持ちよさそうにしています。おそらくこの飼育環境うが我が家のアカミミガメを慣れた性格にしたのかもしれません。 チェルシーが旅立ってから3か月近くたとうとしています。家族でもそろそろ新しいイヌを家に迎えようかという話をしています。今回は保護施設に入っているワンちゃんを引き受けて里親になろうかと考えていますが、そういう場合はこれまでの「環境要因」は全く分かりません。さて、どのようになるか行動遺伝学者として楽しみです。

チェルシー!

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またまた長い期間、更新をせずに過ごしてしまいました。 他の人にそのことを指摘されると、何か時間がないことを言い訳にして逃げています。でも実際には時間がないということはなくて、少し考えるのが億劫(おっくう)になっているのだと思います。こんな記事でもいざ書こうとなるとああでもない、こうでもないと考えてしまいます。そういう気持ちのゆとり、というよりも気持ちの遊びの部分が必要だと反省しています。 一年と少し前に愛犬のリーズが去ってしまいました。それからちょうど一年後にチェルシーが去ってしまいました。チェルシーは15歳を目前にして旅立ったことになります。リーズもチェルシーも娘の春休みの期間中に死んでしまったのですが、おかげでその前後には娘たちも帰ってきてそばにいることができました。なんて家族思いの愛犬たちでしょう。 チェルシーは5カ月ほど病気で病院での治療(ちりょう)を受けていましたが、それでも何かと元気に過ごしていました。私はその間、夜はチェルシーと一緒に寝るようになりました。でもさすがに病には勝てずあるときから食事ができなくなりました。 食事がとれなくなってから二週間ほど家族が看病(かんびょう)のためつきそう日が続きました。チェルシーの身体がまだ元気で歩き回るうちは私も気持ちが楽でしたし、むしろずっと一緒にいるのを楽しく感じていたかもしれません。でもチェルシーが寝たきりになると、いろいろと命について考えてしまいました。 前回リーズの死について書いた際に、多くのペットの死と向き合ってきたことに触れました。でも今回はほぼ15年間全力で私と生活を共にしてくれたチェルシーの死であっただけに、その死と向き合うことは重いものでした。しかも2週間以上寝たきりになった状態での看病です。なんとなく自分の何かを一緒に徐々に失っていくような思いをしながら過ごした日々でした。 愛犬は全力で飼っている人に尽くします。一緒にいる、少なくとも起きている間は、私の注意をなんとか引き付けようとします。その愛犬がいなくなるときはなんと重いものでしょう。最後の瞬間はまだ大丈夫だろうと仕事に出た間に逝ってしまいました。娘がその時をしっかりとみてくれました。娘にも感謝です。 1か月半以上たった今、ようやくあらためて書くことができました。 チェルシーは今もどこかで投げたフリスビ...

ベタのいる風景

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最近、趣味で熱帯魚のベタを飼いはじめました。 子供の頃熱帯魚の飼育に夢中になり、いろいろな魚を飼育していました。中でもキーホールフィッシュやグーラミ―が好きで大きめの水槽に少ない魚を飼育するのが好きでした。水槽の中を泳いでいる魚を見ていると飽きることなく見入ってしまうのです。 ベタは闘魚としてしられていますが、その品種は観賞用のものから闘魚用のものまでさまざまなものが開発され、遺伝学的にも興味深い対象です。ベタは多くのものが泡巣をつくって繁殖しますが、グーラミ―も同様の泡巣をつくるので、繁殖の仕方が似ています。 また、ベタはラビリンス器官というものを持つので水槽にエアーポンプがなくても飼育できるのが特徴です。 新しくやってきたベタ デスクの横にいるベタはこちらの動きに反応してはさまざまなしぐさを見せてくれます。多くが餌を要求している動きですが、それだけでもなさそうです。 観察していくと面白そうです。

ペットをおくるとき

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私が子供の頃から随分多くの動物をペットにしてきました。ニワトリ、小鳥、ウズラ、魚、犬、カメ、そしてヤギもいました。 ヤギはすでにおとなになった雄でしたが、一年弱飼育していたように思います。小学校から帰ると散歩に連れて田畑の近くに出ていましたが、散歩の途中でたくさんの糞をばらまくのに困った記憶があります。困った記憶はあるものの、糞を片付けた記憶はないので、そのままにしていたのでしょう。夏休みには絵日記にヤギの散歩について書いた記憶があります。理由は分かりませんが、一年もたたないうちにそのヤギは同じ村の中の別に家にもらわれていきました。今では理由も分かるような気がします。散歩で糞をばらまくのに近所から苦情が出たか、餌を食べるだけで何にも役に立たないために私のペットというだけではあまりにもコストがかかりすぎたのかもしれません。その後、何度かもらわれていった家に遊びに行ってヤギを相手に遊んだことを思い出します。 ペットを多数飼うことは、それだけペットとの別れも経験することです。ヤギとの別れはまだほほえましいものですが、他はすべて最後は死んでしまいました。事故で死んだこともあれば、病気で死んだこともあります。獣に襲われたこともあります。それだけ多くのペットの死を目にしてきたことになります。中でも犬の死はいつもつらいものでした。 先日、我が家の愛犬の一頭、リーズが死んでしまいました。15歳と4カ月生きたことになります。15年間以上私たち家族を癒してくれた後に訪れた死でした。 イングリッシュコッカースパニエルのリーズは生まれてまだ幼い時に我が家にやってきました。幼い娘二人の遊び相手にいいと思ったのですが、ある意味子供が3人になったようなものだったかもしれません。なんとかかわいらしい名前を付けようとする娘二人に対して、サッカーにちなんだ名前を付けようとした私が、イングランドの当時プレミアリーグでプレーしていたチーム名を思い出して提案した名前がリーズ(ユナイテッド)でした。音の良さから満場一致で受け入れられ、家族も私もハッピーでした。 それから15年間、一年半後にやってきたチェルシーと共に、我が家を和ませる存在でした。娘達の成長と共に犬の成長と老化を一緒に見てきました。家族の写真にもいつも犬たちが入ってきました。 犬を飼うと、生活にさま...

人に慣れるカメ

最近、どのような動物が家畜化に成功してきたか興味があり、いろいろと考えることが多くあります。野生の動物がたくさんいる中で、これまで家畜化に成功した動物は非常に少ないことが知られているのです。 家畜というと、もちろん思いうかぶのは、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジなどです。大型哺乳類で家畜化に成功しているのはわずかに十数種類です。限られた動物しか家畜化されていないのです。 しかし、中型や小型の哺乳類も含めるともっと多くなります。ただし、小型の動物では、家畜というよりもペットとして飼育されている動物が多くなります。マウスやハムスターなどがいい例でしょう。さらに、哺乳類以外の動物も含めるとけっこういろいろな動物がペットになっています。 以前、人に慣れたカルガモについて紹介しました。今日はカメについて紹介します。我が家のカメ子については3年ほど前にもこのブログで紹介しました。ミドリガメがなんだか大きくなって困っていると。。。あれから3年たちました。この1年ほど、カメ子にみられるある変化に気づいてきました。 夏場は水の汚れがひどいため、毎週一度は水替えをして水槽を洗う必要があります。これまで、水替えの間に逃げてしまうといけないので、カメ子をバケツに入れてから、水槽などを洗う作業をしていました。カメ子を庭の芝生の上に放すこともあるのですが、そうするとすぐに遠くに行ってしまっていました。どこにいるか分かればいいのですが、植物の茂みなどに隠れると探すのも難しくなるので、やむを得ずバケツにいれていたのです。 昨年頃から、カメ子を芝生に放しても、私の近くをうろついているような気がなんとなくしていました。それでも、適当に歩いているうちに、私の足元に来てしまったのだろうと思っていました。ところが、どうもそうではないようなのです。私が水槽を洗う作業をする場所から離れたところにおいても、まず私がかがんで作業をしている足元に真っ先に寄ってきます。水槽がなくてもよってきます。試しにただ、かがんでいるだけでも私の足元によってきます。自分から寄ってくるようになったのです。 これまで、ずいぶん水槽を洗ってきました。カメ子もようやく私に感謝の気持ちを持ってくれるようになったのかもしれません。 先日、父の一周忌で愛媛の実家に行きました。無事に行事が終わって来てくださった方たちとお酒を飲み...